「東京まんなか水田 やぼたん」プロジェクトとは
NPO法人「くにたち農園の会」(代表:武藤 芳暉氏)は、東京・国立市谷保に残された希少な水田を次世代へつなぐ新プロジェクト「東京まんなか水田 やぼたん」(以下「やぼたん」)を発足。
同法人が運営するコミュニティ農園「くにたちはたけんぼ」の米を副材料とした地域循環型クラフトビール、セゾンエール「田圃にカエル」を発売しました。
軽やかでフルーティな味わいの「田圃にカエル」
このプロジェクトの狙いと意義について、同法人の創設者で現・副理事長、株式会社農天気代表として都市農業をテーマとしたコミュニティビジネスを展開する小野淳さんにお話を伺いました。
なぜカエル?なぜ水田?
きっかけは、2023年初夏の台風だったといいます。
以前はうるさいほどだったカエルの声が、年々聞こえなくなっていたところへ、台風による用水路の被害が追い打ちをかけました。「ほとんど聞こえなくなった」というほど、印象的な静けさだったそうです。
カエルが生きていくために必要なもの。それは水であり、高水温を防ぎ、棲みやすい陰を作る稲や草木です。
中でも、準絶滅危惧種(NT)である希少な「トウキョウダルマガエル」(環境省レッドリスト2020)は吸盤がなく、U字溝で整備された水路からは這い上がることができません。彼らが生き延びるには、土の水路が必要です。そして、その水田や土の水路を保っていくためには、泥をさらい、管理を続ける「人間の手」が不可欠なのです。
トウキョウダルマガエルはトノサマガエルの仲間です。
実は関東にトノサマガエルは生息しておらず、関東でそう認識されてきたカエルの多くはこのトウキョウダルマガエルに該当します。足が短く、堂々と座っている姿が「ダルマ」を彷彿とさせます。
府中用水
小さくなったカエルの声は、里山の風景と暮らしが失われつつあることの象徴でした。
国立市内の水田は激減しており、市の農業振興計画による2026年の推計は3.5ヘクタールですが、「実際はすでに3ヘクタールを切っているのではないか」と小野さんはいいます。
東京都農林水産統計データ(令和3年)及び統計くにたち(2021年)から、くにたち農園の会が作成
こうした危機感から、くにたち農園の会は研究者とともに、谷保地域の水田と農業用水10カ所の生物生息状況を定点観測し、論文としてまとめる取組を開始。畑と水田の双方を視野に入れた「はたけんぼ」事業とは別に、谷保の水田を守る「やぼたん」プロジェクトが本格的に動き出したのです。
「自然を守る」のは正しいことだから?
ここまでの説明を読んで、「自然を守るのは良いことだ」と思われたでしょうか。
あるいは、「地価の高い東京で、わざわざわずかな水田を守らなくても、米は足りているのではないか」「農業だけでは収益が足りないから、カエルを看板にして副収入を得ようとしているのか」……そんな疑問を持たれた方もいるかもしれません。
多くの人は教育を通じて、「自然保護や生物多様性は人類の未来を守る正しいことだ」と教わってきました。しかし、その知識と、自身の生活の中に自然があることは、どれほど繋がっているでしょうか。
「紙を無駄遣いしないことがアマゾンの熱帯雨林を守る」とは教わりましたが(実際、森林減少の主な要因は農地や放牧地への転換でしたが、昭和の子供たちはそのように教わったのです)、一方で「泥遊びをしなさい」とは言われませんでした。
「小さな子供は、乗り物好きや虫好きに分かれますよね。その中で『虫好き』系の子たちは、成長の過程で淘汰されがちなんです」
長年、親子体験を主催してきた小野さんは、泥や生き物に触れようとして咎められる子供たちの姿を何度も見てきました。咎められれば触れなくなり、やがて忘れていきます。
中学で「生物」の授業が始まっても、そこでは「生き物」そのものの面白さはなかなか教えてくれません。生き物を愛でることは世の中の評価軸になく、その情熱をぶつける場所もない。公園も学校も、かつては農場でさえも、本当の意味で「生き物」を知る場所ではなくなっていたのです。
「だから自分でやろうと思った」
虫がいて、土があり、その中に微生物がいる。草木や作物が育ち、それを人や動物が食べ、枯れたものや糞尿が肥料となって、また巡っていく。その元素循環やあらゆる機序の複雑さ、面白さ、そしてその一部に自分も組み込まれているという実感——。それこそが「農業をする」ということではないか。
「人間」が「自然」に対して悪影響を与えるから、客体的な環境保全として「保護」する。そうした貢献としての農業を「評価」しようという姿勢ではなく、「農」を通じて「動物として生きる実感」、いわば「実存」を得る場所が、都市で暮らす人にも身近に必要だというのが小野さんの考えです。
別に農作業自体をしなくてもいい。ただザリガニを釣るためだけに、親子で農園を訪れる方がいてもいいのです。
それは、中山間地域で農業生産を存続させるという文脈とはまた少し違う、都市生活者の市民活動を前提とした「都市農業」の、ひとつの存在意義なのです。
「農」には「祭り」が欲しい
谷保には谷保天満宮があり、例祭や新嘗祭(にいなめさい)が今も受け継がれています。
祭りの神輿の屋根で輝く鳳凰は稲穂を咥えていますが、神輿を担ぐ人々の中に、もう稲作をしている人はほとんどいません。
祭りは地域コミュニティの中心ですが、お神酒を酌み交わす輪に、誰もが気軽に入れるわけではないという側面もあります。
一方で、子供たちには毎年6月、田植え前に泥遊びを思い切り楽しむ「くにたちどろまみれ」という祝祭があります。200人以上が集まり、文字通り泥に「浸かる」ほどの豪快なイベントです。
豪快に泥遊びを楽しめる「くにたちどろまみれ」
遊ぶというか、浸かる状態
では、「やぼたん」に関わる大人たち——親世代だけでなく、独身の方や高齢の方、地域との繋がりを求める中高年層まで——を繋ぐためには何が必要か。
模索する中で「ビールを作りたい」という声が上がり、やぼたんプロジェクトに画竜点睛を加えたわけです。
収穫を終え、餅つきなどの行事もひと段落した2月の農閑期。次の春への備えを始めるこの季節を、農園祭の時期に定めました。真冬にビールを飲む。テントサウナを出す。飲めない人も集まり、フラットに繋がる。
2026年2月の農園祭の様子
小野さんが昨年、理事長の座を若い武藤さんに託したのも、この新しいコミュニティの中心には、より柔らかい雰囲気を持つリーダーがいる方が、穏やかでフラットな繋がりが生まれると考えたからです(ちなみに、小野さん自身はどんな過酷な環境でも生き抜いていけるタフなタイプです)。
今年も、豊かな実りがありますように
この世は地獄か否か
夏はうだるように暑く、涼しくなる気配はない。戦争が起き、物価は上がり続ける。
評価を得るためには主張し続けなければならず、人々は小さな揚げ足取りで議論を戦わせ、会議は長引き、AIばかりが賢くなっていく……
現代社会に限らず、どの時代にも天変地異や争いがあり、人が苦悩する「地獄」はあったはずです。
その中で、人と人が「動物的なこと」——料理を共に食べ、大きな声で歌い、泥にまみれ、へとへとになるまで何かに打ち込む——を共にするとき、私たちは一時、その地獄から解き放たれ、生きている実感を分かち合えるのではないでしょうか。
まして、そこに涼やかな草木の茂る水路があり、カエルの鳴く水田があるならば。
国立市は引き続き積極的に市内の水田を守っていく施策を検討しており、国立市第3次農業振興計画における水田面積の政策目標は8.0ヘクタールです。武蔵野エリアは崖線(ハケ下)と湧水に恵まれているのが特徴ですが、それ以外の都市近郊にも水が流れている場所はまだまだあります。治水というと難しく感じますが、水田を復活させたい地域の支援も小野さんは積極的に行っていきたいと考えているそうです。
「田圃にカエル」は、ドイツの白ビールを彷彿とさせるフルーティでさわやかな飲み口です。この世が地獄に想える日はあるかもしれませんが、そんなときにはどうか、水田に遊びに来てみてください。
新しい時代の祭りを担う仲間に入っていただければ、光栄です。

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食農弁護士
桐谷 曜子/YOKO KIRITANI
1977年生まれ。神奈川県川崎市出身。大手法律事務所で弁護士として企業買収、企業法務に従事後、証券会社での勤務で地方創生、海外投資、ベンチャー投資等に深く関与。
その後、2014年から2022年まで農林中央金庫に在籍し、食産業及び農業に関する投資、国内外企業買収、各種リサーチや支援業務に携わる。
自他ともに認める食オタクであり、法務知識のみならず農林水産部門に関する知見を用いて、ベンチャー企業含む事業者や生産者の各種相談対応、新規事業創出支援、資金調達や事業承継支援を行う傍ら、料理で人を繋ぐことで課題解決への貢献を目指している。
























