地下から芽吹く東京の春

地下から芽吹く東京の春

東京の冬、真っ盛り。地上を冷たい風が吹き抜けるなか、地下深くで静かに、ぬくもりに包まれて育つ白い野菜――それが「東京うど」です。
このたび、その魅力を伝える試食会が開催され、生産者や関係団体、メディア関係者が一堂に会しました。
開会にあたり挨拶に立ったのは、公益財団法人東京都農林水産振興財団 地産地消推進課長の武田啓子氏。武田氏は、東京うどが江戸時代から受け継がれてきた大切な伝統野菜であることを紹介しました。続けて、「白い妖精」とも称されるその美しく柔らかな姿、香り高く上品な味わいの裏には、想像以上の手間と技術、そして長い歴史が息づいていることを語りました。

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70年の歩みと現在

昭和29年2月に設立された東京うど生産組合連合会は、昨年度に70周年を迎えた歴史ある団体です。現在は都内3JA(JA東京みどり、JA東京むさし、JA東京あおば)の6生産組合(立川市うど生産組合、三鷹市うど生産組合、武蔵野市うど生産組合、小平市うど生産組合、国分寺市うど生産組合、立川市うど生産組合)で構成され、技術向上のための研究会や共進会、消費宣伝活動に精力的に取り組んでいます。

一方で、生産現場を取り巻く環境は厳しさを増しています。約10年前には生産者50名、栽培面積10ヘクタール、出荷量10,000ケースを誇っていましたが、現在は34名、約3ヘクタール、約4,000ケースまで減少。都市化や担い手不足が、生産規模の縮小に影を落としています。

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こうした現状を説明されたのは、同連合会の事務局長であり、全農東京都本部 生産事業部長を務める廣瀬敦氏。
廣瀬氏は苦境を率直に明かしつつも、「この火を消さないことが、私たちの使命です」と力強く宣言されました。地下の「穴室(あなむろ)」で守られてきた真っ白なうど。その灯を絶やさないという覚悟は、会場に深い感銘を与え、伝統を守る責任と誇りを強く印象づけました。

2年がかりの栽培

漆黒の闇の中で育つ「白い妖精」、東京うど。その気品あふれる美しさの裏には、驚くほどの手間と時間がかけられています。

春に株分けされた根は、一度東京を離れ、群馬県などの涼しい高冷地で夏を過ごします。土の中でじっくりと栄養を蓄えた根が、再び東京へ戻るのは11月のこと。そこから、地下2〜3メートルの深い「穴室(あなむろ)」での伏せ込みが始まります。
光を一切遮断した環境で待つこと約1か月。種作りから数えれば、収穫まで実に2年もの歳月を要します。
時代の効率化とは逆行するような、途方もない手間暇。しかし、その「時間」という肥料こそが、東京うどにしかない上品な香りと、シャキシャキとした瑞々しい食感を育むのです。

ろうそくで確かめる命

メニューの披露に先立ち、料理を担当する比嘉康洋シェフから、1月18日に行った産地視察の報告が行われました。訪ねたのは、東京うど生産組合連合会の嶋崎敏明会長の圃場に広がる伝統的な穴室です。

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狭い入口から垂直に降りると、そこは外の凍える寒さが嘘のような、温度17度、湿度70%の温かな静寂に包まれた世界。しかし、その穏やかさの裏には常に緊張感が漂います。作業の始まりを告げるのは、1本のろうそく。
火を掲げて酸素の有無を確かめ、命の安全を期して初めて、暗闇の中での仕事が始まります。

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真っ白な肌を傷つけぬよう、産毛さえも守るように掘り上げられる一節は、重さ約1キロ。
比嘉シェフは、暗がりの中で手にしたその姿を「まさに白い妖精そのものだった」と振り返ります。
地下でろうそくの火を灯し、伝統を繋いできた生産者の誇りと覚悟。
その場所で感じた重みが、今回の特別な一皿へと昇華されていきました。

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料理に込めた工夫

試食会の舞台となったのは、港区六本木にある「Peace Kitchen TOKYO」。オーナーシェフの比嘉氏は、産地での体験を糧に、株元から穂先、さらには根に至るまで東京うどを丸ごと使い切る構成でメニューを仕立てました。
「根は水にさらしすぎず、アクを抜きすぎない。油と合わせるのがポイントです」
その言葉通り、提供されたのは素材の個性を“活かす”料理。メイン料理の東京うどの根っこと牛すじ肉の赤ワイン煮では、焼き目をつけてから煮込むことで、えぐみを深い旨味へと変えました。それはまさに、地下の穴室で育まれた時間そのものを味わうような、力強い美味しさでした。
また、カラスミと合わせた一皿では、大根以上にうどの繊細な香りとほのかな苦味がカラスミを引き立てるという、新たな発見も。きんぴらの炊き込みご飯や、滋味深い味噌汁など、ひと皿ごとに「うどは繊細だけれど、芯がある」というシェフの言葉を実感するひとときとなりました。

会場に満ちた「美味しい」の感嘆、そして「また食べたい」という切実な声。その響きこそが、東京うどの未来を明るく照らす、確かな灯のように感じられました。

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TOKYO UDO MENU ― 東京うどコース構成 ―

【前菜五種】
▪東京うどのポタージュ
▪東京うどと蟹のサラダ
▪東京うどと海老の春巻き
▪東京うどの肉巻き
▪東京うどと自家製からすみ

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【メイン】
▪東京うどの根っこと牛すじ肉の赤ワイン煮
▪おいねのつる芋マッシュポテト

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【食事】
▪東京うどのお味噌汁
▪東京うどご飯

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継承という名の“未来の穴”

東京うど生産組合連合会の事務局長を務める廣瀬氏による説明の終盤、参加者の胸に迫る切実な報告がありました。根株を育てる約135アールの委託圃場(ほじょう)が、来年度以降、確保できない可能性があるというのです。

東京うどは、足掛け2年の歳月を要する作物です。春に株分けし、夏の間は高冷地で根を太らせ、秋に掘り上げてようやく冬の穴室(あなむろ)へと辿り着きます。この「根株を育てる場所」を失うことは、すなわち翌年の白いうどが絶えてしまうことを意味します。
現在、群馬・埼玉・茨城・山梨など各方面へ協力を仰いでいるものの、まとまった面積の確保は容易ではありません。「何としても、この伝統を継承していきたい」。広瀬氏の言葉は、決して大きな声ではありませんでしたが、そこには静かで揺るぎない覚悟が滲んでいました。

地下でろうそくの火を確かめながら、命がけで守られてきた東京うど。いま私たちは、生産の場である地下の穴だけでなく、未来へ繋ぐための“もう一つの穴”を掘る局面に立たされているのかもしれません。

それは、不安に沈むための穴ではなく、希望の種を植えるための穴。
東京の土に刻まれた技術と誇りを、次世代へ手渡すために。この春、暗闇から芽吹く純白の一本が、伝統の灯を絶やさない未来への光となることを願ってやみません。

継承という名の“未来の穴”

愛の野菜伝道師

小堀 夏佳/NATSUKA KOBORI

“野菜(yasai)には愛(ai)がある”をモットーに、おいしいWKWK(わくわく)♪で人を幸せにする愛の野菜伝道師。
オイシックスの初代バイヤーとして20年以上全国津々浦々駆け巡り、「ピーチかぶ」「トロなす」「かぼっコリー」など、ネーミングやレシピ、売り方までトータルブランディング。
2022年8月31日(やさいの日)に一般社団法人日本野菜テロワール協会をたちあげ、伝統野菜やご当地野菜など多様性ある野菜たちを伝道している。プロフェッショナル仕事の流儀、マツコの知らない世界、世界一受けたい授業、ほんまでっかTVなどメディア出演多数。

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