日本トップクラスの農業経営を東京で
「悔しかったですね。もちろん大賞をとるつもりでいたので。」
と語るのは、2024年日本農業賞の特別賞を受賞したK&K Farmの門倉周史さん 。
東京都江戸川区で、小松菜づくりにかける情熱と革新的な取り組みで注目を集める「K&K Farm」。
門倉周史さんと小原英行さんは、長年培ってきた技術と経験をもとに、都市農業の新たな可能性を追求しています。
彼らが育てる小松菜は、その鮮度の高さと生でも食べられるほどの品質の良さで、都心の高級食材店でも人気を集める逸品です。さらに、学校給食への安定供給を通じて、地域の子どもたちの食を支える重要な役割も担っています。
2024年には、その卓越した経営と地域貢献が認められ、日本農業賞特別賞を受賞。
しかし、彼らの挑戦はこれで終わりません。小松菜栽培で培ったノウハウを活かし、新たにハーブの生産にも乗り出したK&K Farm。
都市農業の未来を切り拓く彼らの姿を追いました。
「悔しかったですね。もちろん大賞をとるつもりでいたので。」
と語るのは、2024年日本農業賞の特別賞を受賞したK&K Farmの門倉周史さん 。
K&K Farm 門倉周史さん(右)と小原英行さん(左)
「でも、確かに他の受賞者とはだいぶ違う営農ですからね。我々の受賞した集団組織の部はJAの部会など地域の数十件の農家が一体となって、取り組んでいる例ばかりで、こちらは2人、面積も審査基準最低限の50アールですから。」
そう冷静に分析するのは、同じくK&K Farmの小原英行さんです 。
日本農業賞は意欲的に経営や技術の改善に取り組み、地域社会の発展に貢献している農業者や営農集団を表彰する制度です 。NHKとJA全中、都道府県農業協同組合中央会が主催し、農林水産省も後援しています 。
2025年3月8日にNHKホールで開催された表彰式
2024年度に開催された第54回において、東京から唯一選出されたK&K Farmは江戸川区で小松菜に特化した営農に取り組んでいます。大消費地において鮮度を活かし「生でも食べられる小松菜」として都心の高級青果売場などに出荷するほか、学校給食への安定供給も実現。
こうした地産地消の取り組みが、高く評価されました 。
日本農業賞にこれまで選ばれた東京の農業者は5例目、「日本農業」という枠組みのなかで、面積や経営数値も総合的に比較されると東京農業は難しい面も多いなかでの快挙です 。
しかし、冒頭の言葉の通り、江戸川名産の小松菜生産をとおして農業経営の精度をどこまで高められるか切磋琢磨してきた2人にとっては「東京農業だからできる営農」の価値を全国に打ち出し、都市農業の可能性を知ってもらいたいという強い意志がありました 。
住宅街を歩いているとこつ然と現れる鉄骨ハウス。周辺は完全に宅地に囲まれており、この地域で農業が営まれているとはなかなか想像できない環境の中に、2人の農場はあります 。
とはいえ、門倉さんは6代目、小原さんは4代目。この地で代々続く農家です 。
かつて江戸川区は水路が張り巡らされ、舟に野菜を乗せて江戸の中心地へ出荷する一大生産地でした 。
八代将軍・吉宗が鷹狩の際に訪れた小松川村で食べた青菜を気に入り「小松菜」と名付け名産となったと伝わるエピソードが語るように、小松菜は東京発の特産品として、今や全国に知られる存在です。
宅地化が進む中で農地は急激に減少しましたが、昭和の時代に施設栽培へと移行したことで、江戸川区では現在も270軒ほどの農家ほとんどが小松菜を栽培しています。2022年産の収穫量は2,677トンにのぼり、これは東京都全体の小松菜収穫量(6,604トン)の約40パーセントを占めています 。
住宅街の中に忽然と現れる門倉さんの鉄骨ハウス
そんな名産地において、小原さんと門倉さんは品評会や農業関連の賞で常連となる存在で、小松菜においては1位・2位を競い合う関係でした。
2人の小松菜は、主に見た目の完成度で評価される品評会等でも受賞の常連
「明治神宮で行われた農業祭の表彰式の帰りに2人になって、生産技術や販売の話をしたら、ずいぶん盛り上がりました。私が学校給食をすすめたら、周史君が乗ってきたのがK&K Farmの始まりですね。」と、小原さんは振り返ります。
当時、小原さんは市場出荷をやめ、学校給食向けの販売に力を入れ始めていました。
給食食材を扱う事業者や、実際に調理に携わる管理栄養士たちと情報交換を重ねるなかで、市場では通常20〜25㎝で出荷される小松菜を、40〜50㎝の大きさにしたほうが給食現場では扱いやすく、生産コストも抑えられることがわかってきました。
こうして、一般的には規格外とみなされがちな大サイズでの生産・出荷に取り組むようになったのです。
現場作業の効率化も徹底して進めている
門倉さんはその話をきいて直観的に「おもしろい」と感じたといいます。
「自分は大学出てすぐに親に頼みこんで小松菜農家になったのですが、市場に出すと自分で値段を決められない。品質に自信はあっても自分で価値を決められないのが納得いかなくて、20代の頃でしたがとにかく百貨店や高級スーパーに電話して売り込みに行きました。」
門倉さんの小松菜の品質はすぐに認められ主要な高級青果店の常連となっていきました 。しかし、一方で1年中栽培している小松菜を全量売り切るためには市場への出荷も並行していたところ、小原さんの給食出荷の話しが魅力的に響きます 。
百貨店などに出荷するための門倉農園オリジナルのパッケージ
「そうしたら、周史君が市場やめるのでどこに出荷すればいいですか?って(笑)。すぐに決断しちゃって。最初は世田谷区の給食を紹介したんですが。そこから双方で出荷量を調整して、より安定的に供給できる体制を作っていきましたね。」(小原さん)
2020年のコロナ禍では給食が突然ストップし、見通しが立たないなかでの冷凍食品への売り込みであったり、江戸川区内での自社トラックでの宅配、区内の小松菜生産者が連携しての直売など、一緒に取り組むことでの技術向上や営業面での強みもより実感できるようになっていきました 。
そこで、より明確にチームとして取り組んでいこうと「小松菜を作る小原、門倉」という意味でK&Kファームは立ち上がります 。
たったの2名で50アールという小規模でありながらも、明確な農業経営スタイル、生産性の高い営農が高く評価され、今回の日本農業賞特別賞へとつながったといえるでしょう 。
「1日の仕事はなるべく午前中に終えて、自由に動ける時間も確保。それでもしっかり稼ぐ。」をモットーに、小面積でも専業農家として小松菜の生産・出荷を成り立たせてきたK&K Farm。
そんな彼らが、2024年からはさらに新たな挑戦を始めました。
「実はご縁があって、ハーブの生産・出荷を始めたんです。K&K Farmも株式会社にして、さらに攻めていきたいと思いまして。」(小原さん)
日本農業賞を東京都で受賞したのは5例目と紹介しましたが、同じ江戸川区では1992年に、田澤一慶さんが日本農業賞の大賞を受賞しています。
K&K Farmは、ハーブの生産で実績をあげてきた田澤さんのハーブ農場を事業承継することとなったのです。
事業承継をすすめている田澤さんの栽培施設は、千葉県の八街市にある
「小松菜の生産は、かなり突き詰められたなと。他にも事業の柱になるものを探っていたところ、ハーブが面白そうだなと感じました。最初は栽培を学ぶつもりで田澤さんを訪ねたら、ちょうど引退を考えていたタイミングで“継いでくれないか”という話になったのです。」(小原さん)
現在は、それぞれ週に1〜2日現地に入り、すでにアルバイト中心で確立されていた収穫・出荷業務に加えて、圃場の整備や新たな生産技術の確立にも取り組み始めています。
扱っているハーブの品目は、複数品種のミントをはじめ、ローズマリー、ディル、チャービルなど16種類。
栽培方法は品目ごとに異なりますが、鉄骨ハウス内で生産管理しながら通年出荷するという方法自体は、小松菜で培ってきた技術が十分に応用できると、手ごたえを感じているといいます。
「ハーブのいいところは、ダンボール1ケースで数万円の売上になる点です。しかも、やはり鮮度が大事なので、都市農業のメリットも生かしやすい。うまく軌道に乗せて、K&K Farmの新たな柱に育てていきます。」(門倉さん)
K&K Farmの農業を見ていると、強靭かつ柔軟な筋肉を持つアスリートを想起させられます。
実際、小原さんは長距離ランナーとして活躍した経歴があり、門倉さんは中高生時代に剣道にのめり込み、六段の腕前を誇ります。
スポーツにおける“バディ”のように、互いに高め合う関係性は、こうした背景にも通じているのかもしれません。
強さだけでなく、しなやかさとしたたかさを兼ね備えたK&K Farmが、都市農業の新たな境地へと進化していく――。
そんな未来に、期待せずにはいられません。
1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。
30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)