新型コロナウイルスの感染拡大以降、地方移住や二拠点生活、多拠点生活というような暮らしのあり方を考えるキーワードが注目を集めてきました。
それに付随するように家庭菜園や市民農園、そして新規就農など農業界隈にも注目が集まっています。
しかし、時としてそれらの苦しさや辛さ、難しさが置き去りにされ、憧れや理想、ユートピアとして語られがちな傾向があります。もちろん、楽しいことや幸せなことがあることも事実ですが、特に新規就農に際しては、冷静に情報を整理しなければなりません。

そんな新規就農のリアルな話を伺いに、今春に新規就農6年目を迎え、「野菜や草花」「ハーブの栽培」や「料理」「執筆」などマルチに活躍する、『lala farm table』の奥薗 和子さんを訪ねました。

作る野菜はハーブを中心に選ぶ

 今年で就農6年目を迎える奥薗さん。2019年に新規就農する以前は、12年間ほどドイツで暮らしていました。
フローリストとしてキャリアを重ねていく中で、次のステップとして選んだのが農家でした。

 「花屋で働いていく中で、少しずつ違うことがしたいなという気持ちが出てきました。市場で仕入れてきた花を合わせて花束を作ったりするよりも、自分でナチュラルに育てたもので花束を組んでみたいという想いはずっと持っていたんです。じゃあ自分で畑とかできたらいいかも、と漠然と考え始めたのが全ての始まりです。」(奥薗さん)

 奥薗さんはドイツから帰国後、まずは農業の基本的なノウハウを学ぶために、有機栽培で野菜を育てている山梨県の農家で修行を積みました。
元から、花やハーブ類を中心に栽培していくことは考えていたそうなのですが、修行を重ねるうちに、野菜作りにも徐々に興味が湧いてきたと言います。

 「山梨の農家さんにお世話になりながら畑作業を続けていく中で、少しずつ野菜作り楽しいなと思い始めていました。元々野菜も好きだったし、ちょっと食べてみたらとても美味しかったので、花だけでなく野菜も一緒に作っていきたいなと考えが変わりました。」(奥薗さん)

 一般的に、作付する野菜は効率性や収益性などを加味して決めていくことが多いですが、奥薗さんは一風変わった基準で選んでいるそうです。

 「私は、ハーブに合う野菜かどうかという基準を重視して、作る野菜を選んでいるんです。花やハーブはもちろんですが、それに合う在来種の野菜や西洋野菜、ジャガイモなどを少量多品種で作っています。ジャガイモは私が好きなこともあり、7〜8種類育てていますね。ローズマリーやディル、セルフィーユといったハーブと合わせやすいんです。」(奥薗さん)

花屋から農家へ。就農6年目の、リアル。

 ドイツのフローリストから、東京の農家への転身を果たした奥薗さんは、「東京で新規就農して良かった」と話します。
予測できない天候(自然)が相手ということや、特に新規就農の場合は栽培技術や農機具の不足、土地所有者との関係など難しいポイントが多いですが、就農して良かったこと、大変だったことなどを率直に聞いてみました。

 「良かった点に関しては、まずシンプルに“東京”での農業ということで、来る仕事の量が全然違うと思います。大規模な商圏も近いですし、“スローフード”、“スローフラワー”、“地産地消”を推進するといった社会的背景ともマッチしています。そしてやはり、補助制度がとてもありがたかったです。ハウスを建てられたことで効率性がぐんと改善しました。」(奥薗さん)

 「逆に大変だったことは、とにかく農作業です。雑草は刈っても刈っても生えてくるし、作物は育つから収穫しないといけないし、体はどんどん消耗していきました。それに野菜が病気にかかってしまったときは一生懸命育ててきたものが一瞬でダメになったりして。買ってくださる方や欲しいと言ってくださる方もいたのに、そもそも収穫まで辿り着けなかったり、期待に応えられなかったりしてとても辛かったです。ただそういったときに“東京NEO-FARMERS!”(※1)の存在はすごく大きかったです。一人だけでは続けていくことも難しかったですが、やっぱり他の農家さんの存在が頑張る理由になったり、色々ご紹介いただいて仲間と一緒に何かできたりして。」(奥薗さん)


 新規就農の場合は販路の獲得も重要です。奥薗さんの場合は、就農当時と現在とでは大きな変化があるそうです。

「最初はどこに出荷できるかわからなかったので、とりあえずJAの直売所に持って行っていました。近隣のお店もご紹介いただいて、店内の一角に少量の野菜を置かせてもらっていましたが、売れ残りも多かったりして、出荷と売れ残りの回収でとにかく忙しく、今思えばすごく無駄な動きをしていました。現在では季節の野菜セットや定期便を買ってくださる方も多く、それらは自宅からも発送できるので安定してきたと思います。」(奥薗さん)

マルチな活動で目指す、ライフスタイルの提案。

 フローリストから農家への転身、ハーブを中心とした野菜作りなど、花とハーブ、野菜というある種の領域を横断した農業を続ける奥薗さん。
その裏にはどんな想いがあるのでしょうか。

 「特別なときに食べたり飲んだり、手の込んだ料理をしたいというシーンで、ハーブを使っていただけるように“野菜とセット”にして提供していこうと考えています。それには、ハーブの使い方のイメージがわくような、ワークショップを開催するのが理想で、なんとか実現したいですね。」(奥薗さん)

 そして、なんと2024年春には、ハーブの活用法やアイデア、ハーブのある暮らしをテーマにした書籍の出版も決定しているそうです。

「たまたまのご縁で、出版が決まりました。ドイツは昔からハーブが生活に馴染んでいて、中世の時代から薬草や家庭薬としてよく使われていたんです。そういったことを絡めながら、ハーブを楽しんでもらえる育て方や使い方など、ライフスタイルを提案するようなものになればいいなと思っています。」(奥薗さん)

 花やハーブ、野菜の生産に留まらず、ライフスタイルの提案にまで広がる奥薗さんの今後に目が離せません。

堀田 滉樹/KOUKI HOTTA

2000年生まれ。新潟県上越市出身。
2019年に、大学入学を機に上京。在学中の2021年より、国分寺三百年野菜「こくベジ」を畑からまちのお店や人に届ける「こくベジ便」に携わる。
現在は、東京でこくベジ便やその他の仕事に従事する傍ら、地元新潟で空き家を活用した複合施設を開業し、東京との二拠点生活を送っている。

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