東京都港区、東京メトロ赤坂見附駅から徒歩3分の場所に位置する「東京農村」ビル。
6月19日に「これからの東京農業 女性農業者のホンネ!」というテーマで、3名の女性農業経営者をお招きしての勉強会が開催されました。
 登壇したのは日野市で新規就農し、ミニトマトの施設栽培を主に手掛ける㈱ネイバーズファーム代表の梅村桂さん。調布市で20代目農家の跡取りとなり、体験型のサービスも数多く提供している山内ぶどう園、山内美香さん。そして武蔵野市、小金井市にまたがって新規就農し農福連携にも力を入れるこびと農園、鈴木茜さんです。
 ジェンダーギャップ指数が先進国で最低レベルといわれる日本において、さらに歴史、文化的に家父長制のイメージが強い農業界。女性が主体となって農業経営することにはどんな課題があるのでしょうか?

左から梅村さん、鈴木さん、山内さん。

「東京農サロン」67回目のテーマが「女性農業経営者」のわけ

 会場となった東京農村ビルのオーナーは、国分寺市でイチゴやウドなどを生産する農家の中村克之さんです。
中村さんの農地は道路開発によってその半分ほどが失われてしまいました。その代替地として赤坂見附駅徒歩3分のこの地を選び、その名の通り「東京都心に農村のような農業者のコミュニティを作る」という目的で2018年に建てられたのがこのビルです。1階には東京産の野菜などを使った飲食店、2、3階も飲食店と続き、4階がシェアオフィス、5階がシェアキッチンとなっています。

左:挨拶をする、国分寺中村農園の中村さん。中:記念の花束を3人の登壇者から受け取る。右:6年間ほぼ毎月開催された勉強会「東京農サロン」

 このビルで、6年間続けてきた東京農業の勉強会が「東京農サロン」です。
東京農村ビルのコミュニティ運営に当たる一般社団法人M・U・R・A(代表 南部良太さん)が主催し、ファシリテーターとして菱沼勇介さん(東京農産物の流通、販売を手掛ける㈱エマリコくにたち代表)と私、㈱農天気の小野淳が務めてきました。
 テーマは地産地消やブランディング、新規就農や農地活用といった定番から、JA組織や生産緑地法、相続といった専門性の高い内容まで幅広く設定。2021年からは特定の自治体にフォーカスしたテーマも隔月で開催し、練馬区、足立区、渋谷区といった区部から、八王子市、東久留米市、立川市などの多摩地域まで14カ所の自治体を取り上げてきました。
 農業界では全国的に知られる、㈱雨風太陽の高橋博之さん、㈱マイファームの西辻一真さん、ファームサイド㈱の佐川友彦さんなどにもご登壇いただいています。

 参加者は農家はもちろん食農関係事業者、JA、行政職員から政治家、研究者、学生、ジャーナリスト…と幅広く、参加者が別の会には登壇者として事例発表するようなサイクルも生まれています。
67回も続けてきてテーマも尽きるかと思いきや、まだまだ掘り下げたいテーマも、お話を伺いたい方もたくさんいらっしゃいます。この「ネタには困らない多様性」こそが東京農業の魅力であると改めて実感します。

 そして今回6周年を迎えるにあたり、テーマとして選んだのが「女性経営者」でした。
 農業における女性経営者というテーマを考えた理由として、オーナーの中村さんは「東京農サロンでは行政や農協ではなかなか取り扱いが難しいトークテーマにも積極的に取り組んできました。世の中ジェンダーギャップを埋めていこうと話題ですが、地域で農業をやっていると、ほとんどの女性農業者はいわゆる『農家の嫁』として男性を支えるイメージがまだ強くあります。それを経営という目線で乗り越えていくような勉強会ができないかと思いたち提案しました。」と語ります。
 
 農林水産省によると日本全国の農業経営体およそ93万のうち、女性が経営主体である割合は5.9%にすぎません(出典:「農業における女性の活躍推進について」農林水産省 令和5年1月)。一方で新規就農者のうち女性が占める割合は27.8%と、新規参入においては女性比率が上がってきています。

都市農業の強みを活かし、三者三様の「農業経営」。

 今回の東京農サロンでは、まずそれぞれの経営について15分ずつプレゼンテーションしていただき、その後ディスカッションに移る形をとりました。
それぞれ特色ある経営なので、まずはその概要をまとめてみましょう。

㈱ネイバーズファーム 梅村桂さん

 自身が育った日野市で就農した梅村さん。大学卒業後は福井県にある大規模施設でトマトの生産に従事しましたが、もっと消費者に近いところで生産したい、ということで都市農業に興味を持ちます。
 清瀬市の農家の下で修業ののち、2018年に地元でもある日野市の生産緑地で就農。都市農地貸借法を用いて生産緑地での新規就農が日本で初めてだったことに加えて、30年の長期貸借を前提に環境制御型の施設を就農とともに新設するという異例尽くしで話題となりました。
 現在は株式会社化して社員も雇用し、ブルーベリーや露地野菜の生産規模を拡大することもできました。栽培技術や作業工程の見える化を進めることで生産性をあげ労働環境を整える「脱・根性農業!」を目標にかかげるとともに、環境負荷を軽減できるようにと東京都GAPの認証取得や東京都エコ農産物認証制度などを取り入れるなど、様々なチャレンジをされています。
 また、2024年2月に、東京農業の活性化と将来の担い手の確保を図ることを目的に、その広報活動を担う若手リーダーとして、東京都の「ミズとうきょう農業」(https://tokyogrown.jp/topics/?id=1549381)に就任されました。
市内外のトマト生産者に声をかけて「ひのトマトフェス」(https://tokyogrown.jp/topics/?id=1599042)を開催するなど、東京における農業の価値発信にも力を入れています。

山内ぶどう園 山内美香さん

 調布市、京王線仙川駅から徒歩10分。ブドウをはじめ、イチジク、キウイ、柿などの果樹を中心に収穫体験など幅広いサービスを展開しています。
祖父の代までは酪農や稲作を営んでいましたが35年ほど前にブドウ園となりました。お父様が急逝されたことで、それまでのデザインの仕事から就農することになり、代々続く農家の20代目の跡取りとなりました。
 農業経験がほぼないなかで、ブドウ園の収益性改善や家族向けの体験をセットにしたプログラム開発に注力。フルーツピザづくり、タケノコ堀りなど家族で楽しめる体験に力を入れたところこれがヒットしました。
援農スタッフに支えられながら、3人の子育てをしつつ、“高付加価値体験プログラム”を提供しています。

こびと農園 鈴木茜さん

 神奈川県の農業高校を卒業後、都内の青果物流通の企業を経て、熊本県の農業法人で1年、立川市の農家で3年間務めたのち、東京農業の新たな担い手を育成するため、都内で就農を目指す方を対象とした研修施設「東京農業アカデミー」(https://www.nogyoacademy.tokyo/
に2020年1期生として入学。2022年に武蔵野市、小金井市にまたがって農地を借りて就農します。
直売でだけではなく、もともとの流通の経験も生かして仕入れ販売もおこない、小金井市にある「わくわく都民農園」(https://koganei-kanko.jp/farm/introduction
の講師もつとめています。
 自身が農業を通して病気を克服したという経験を持ち、就農当初から“農福連携”に力をいれていこうと都市部での就農を志しました。農福連携技術支援者(農林水産省認定)の資格をもち、3つの福祉事業所と作業委託などの形で連携しています。

 東京農業の特徴として、小規模農地や相続、近隣住民との関係性などの影響で農業経営の形を工夫する必要があり、特定品目を大量かつ継続的に生産する産地化が難しい面があります。
結果として、それぞれの農業経営が独自に進化をとげ多種多様な東京農業の形が生まれています。そのことを考えると「女性だから」という条件にことさらにフォーカスしなくても多様性の一つとしてとらえるべきなのかもしれません。
 しかし一方で、広く農業界ということで見たときに女性の経営者比率は圧倒的に少ないのも事実。後半はあえて「女性経営者として」という観点でディスカッションに移りました。

女性が農業経営者になる上での課題とは?

 まず、私が問いかけたのは「女性だからこそのやりづらさはありますか?」という質問でした。前段で触れたように、女性農業経営者は全体の6%未満となっており圧倒的に男性が多いという現状があります。

クロストークの進行は、㈱農天気 小野淳が務めた。

 この問いに「特に感じない」とストレートに答えたのは梅村さんでした。
「男女の違いを言うなら筋肉量の違いとかになると思いますが、女性だから農業をやるにあたって何か困難を感じたということはありません。何か困難があったときに、自分が女性だからだという理由に結び付けるマインドがないからかもしれません。」

 山内さんは自分が跡継ぎになると周囲の人々に伝えたときに「本当に農業をやるのか?」とあまり信じてもらえなかったといいます。
「三姉妹の長女だったので祖父母からは『いつか婿を取って跡を継ぐように』ということは言われていました。結婚して、夫は私の家に入りましたし手伝ってもらってはいますが、農業は私が実際にやっています。出産のときも母と援農ボランティアに主に手伝っていただいて、2人目、3人目のときとなると段々慣れてきて必要に応じて動きながら農業経営は続けました。」

 鈴木さんも就農にあたって農地を探しているときには、「本当に大丈夫なのか?」と農業に継続して取り組んでいけるのかどうか不安視する空気は感じたといいます。ただし、と鈴木さんは続けます
「女性だから参入は難しいとか、そういう風には考える必要はないと思います。最終的には個人の判断ですので、それぞれの強みを活かして挑戦することを応援したいと思います。」

 すでに農業経営を実践されている方々ならではの、力強い回答の数々でした。
梅村さんからは「男女限らず心身の不調などで休まなければならないこともあるでしょうし、それが性差によるものだということはあまり考える必要がないのでは?」という発言もありました。
確かに、農業といっても幅広く、全国的に見れば100ha規模の水田の管理から、環境制御型の施設、ベビーリーフなどのミニ野菜や花き、ハーブ類など事業形態は多種多様です。そのなかで自分の得意ジャンルを見つけて挑戦するうえで、「女性だから…」という敷居を感じる必要はないのかもしれません。
 では一方で、「女性ならではの強みはあるのか?」という質問には皆さんどう答えたでしょうか。

農業経営をするうえで、女性だからこその強みは?

 こちらの問いに対しては3人とも、性差がポイントとなっているかどうかということについてはやや懐疑的でした。
 山内さんからは、農林水産省が女性の活躍を推進する「農業女子プロジェクト」(2013年~)に関連して、「女性の方が、楽しく集まるのが得意かなっていう感覚はあります。農業女子プロジェクトの他のメンバーとも話していたのですが、みんなで知恵を出し合って新たなビジネススタイルを開拓するのには向いているかも。」とのこと。

 しかし、実際には農業者団体、地域団体のほとんどが男性で占められている現実もあります。
 鈴木さん、梅村さんはそれに関しては実はいい面もあると言います。
「多分、男性だったら無言の空気感で入らなければいけない団体などもあると思いますが、あまりそれに強く誘われない。そのほうが気楽ではあります。地域活動に関心がないわけではなく、一緒にやりやすい人たちと新たに連携すればいいと思います。」

 皆さんの話を聞きながら私が思ったのは、都市農業ならではの消費者との距離の近さを考えると女性ならではのメリットは実はかなり大きいということです。
主催の1人である㈱エマリコくにたちの菱沼さんが運営する駅近の青果販売事業での実感によると、顧客の70%以上が女性とのこと。
直売はもちろん体験サービスにしても、実際に購入する決定権をもっているのは女性の可能性が十分に高い。その立場に立って考えられる強みは女性農業経営者にはあるように思います。
 それを裏付けるように、女性が経営主もしくは役員や管理職についている場合、そうでない場合に比べて経常利益増加率が大幅に大きいというデータが農林水産省からも示されています。

出典:「農業における女性の活躍推進について」より(農林水産省 令和5年1月)

取材後記

 今回「女性」という切り口での「東京農サロン」でしたが、農業経営を立ち上げ、続けていくということはそれだけで数々の困難があります。
それゆえに成果がでたときの喜びは他に代えがたい達成感があります。その渦中にある経営者であれば、自身が持つ強みを駆使して課題を乗り越えることが全てであって、「性差」はそのなかの一要素に過ぎないというのが登壇者3名の本音だったという印象です。

 しかし、現実には「農業を始めたい」「農地を借りたい」と思ったときに、制度や技術の問題よりも社会や地域の雰囲気によって本人が委縮してしまうような場面がありそうです。
女性農業経営者の参入が統計上少なくなってしまっている現実は、実際の女性経営者の成功モデルが増えれば増えるほど変わっていくことでしょう。
 トークのなかで「女性が農業に向き不向きということはないですが、女性が自立して生きていく手段として自己決定ができる職業として、農業はいい選択肢だと思う。」という梅村さんの発言が心に残りました。

「東京農サロン」後に毎回開催される懇親会、6周年を祝って乾杯しました。

㈱農天気 代表取締役  NPO法人くにたち農園の会 前理事長

小野 淳/ONO ATUSHI

1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演 
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)

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