令和5年の年の瀬、平成30年から農福連携農園として整備を開始し、令和3年4月に杉並区井草三丁目に全面開園した「すぎのこ農園」を訪問しました。

広々とした3,200平方メートルの敷地内には、大きな屋根をたたえた管理事務所と農園、果樹を植えた芝生の園地が広がっています。

大屋根の前は多目的農園区画。スティックセニョールや緑肥用の麦が植わっていました。

訪れた平日午前中は、農園が一番賑わう時間帯。冬枯れの芝生の上を散歩中の近隣保育施設の園児が走り回り、多目的農園区画の一角を障害者施設利用者の方と、ボランティアの方が土起こしをされていました。空気を含んだふかふかの黒ボク土がさらに丁寧に掘り返されていきます。圃場はゴミひとつなく整っていて、きれいに洗浄された農機具も整然と収納されており、丁寧な仕事ぶりが伺えます。

近隣保育施設の園児も立ち寄る芝生の園地。

ボランティアの方による手入れがされていました。

作業後は、管理事務所で休憩。建物内には、古い農機具、亀甲竹の横木が美しい自在鉤を備えた囲炉裏のまわりには、11月に開催されたすぎのこ農園まつりで展示された保育園や就労支援施設の利用者のみなさんの活動報告が飾られていました。

設立からの歩みや今後の展望について、杉並区産業振興センター都市農業係の方、区から農園の運営を受託している東京中央農業協同組合本店農住支援部の方からお話を伺いました。

すぎのこ農園は、もともと区民農園として開園されていた農地を、杉並区が東京都の補助事業(都市農地保全支援プロジェクト)を活用し、防災、環境保全、福祉・教育推進など、農地が持つ多面的機能を発揮させるために「農福連携農園」を整備したものです。杉並の古い風景を残すために近隣古民家を移築、利用施設も令和3年度は6団体でしたが、令和4年度から6年度に利用しているのは11団体となっているそうです。

農園は収穫体験などを行う多目的農園区画と、契約している提携団体に貸し出されている団体農園区画に分かれており、収穫した野菜は提携施設の給食などに活用されているとのこと。利用者もボランティアの方も楽しく活動を続けており、現在も問い合わせが多くあるとのことでした。

農閑期も、土埃対策でボランティアの方が葉物類を植えて手入れをしています。

農福連携は言うは易し行うは難し、やってみると福祉と農業双方を踏まえて対応できる人材も十分いないし、作業には危険もあるし、あんな苦労も、こんな奇跡もというお話がきけるかもと下心を持って伺った私は、やや拍子抜けしてしまいました。

そうした質問に対して、東京中央農業協同組合本店農住支援部の方はさらりと、「個人個人みんな違いますから。」とこたえられます。「ただ、土を掘るのが好きで掘って戻して帰られる利用者さんもいますよ。」というお話を聴いて、自分がいかに“目的"に囚われているかを実感しました。

おおらかな姿勢ですが、ふと目を凝らすと農具にも小さな工夫が凝らされています。種を植えるための空き缶を活用した道具、手先が不自由でも握りやすい草取り器。深緑に茂るスティックセニョールは、ブロッコリーのようにナイフを用いなくても楽に収穫できることから植えられたものとのこと。

同じ深さで均等の間隔で種を植えられるよう、コーヒーの空き缶で作られた道具。

園芸用品の廃材とフォークを組み合わせた草取り道具。誰にでも使いやすそう。

車椅子でも園芸が楽しめるように高さと窪みが設計されたレイズドベッド。

無論、スムーズな運営の背景には、農協への運営委託という素晴らしい体制があり、利用施設の福祉職員の方の尽力や、福祉講座も受講し、さまざまな社会的経験を活かして活動されるボランティアの皆さんの素晴らしさが寄与していることは相違ありません。
しかし、なにより大切なのは、ひとりひとりに目を向けながら、手を差し伸べて同じ時間を穏やかに過ごすという心の有りさまであるということを感じました。

軒先に干された大根。

土間からお茶を飲んで眺める農園。屋外と中のゆるやかなつながりは、古民家ならでは。背中を見せているのは、お祭りで活躍したハロウィンかぼちゃ。

ビジネスをしていると、企画、予算取得、実行、効果測定、改善、管理というプロセスに追われて、気がつくと本当は何のために働いているのか分からなくなることもしばしばです。

折しも取材日はダイハツの認証試験における不正発覚の直後。ボランティアの方が、サラリーマンの頃の気持ちのありようを振り返ると自分も同じようなことをする立場になっていたかもしれない、ボランティアをしている今の時間を持てて本当に良かったと話されたのが印象的でした。

“農福連携”とひとくちにいっても、障害者の就労場所の確保や農業法人側の人手不足の解消、産品の高付加価値化を狙うもの、あるいは事業者の障害者雇用枠を用いた特例子会社制度を活用するものなど、その目的や福祉と農業の連携形態は様々ですが、すぎのこ農園は地域づくりを目的として立ち上がり、現在の形をとられたことで、農に利用者が触れて、そこに地域が繋がるということがより端的にできたのだと感じました。

防災兼用農業井戸のポンプ(写真:上3枚)や非常時に火が起こせるかまどベンチ(写真:下3枚)、非常電力など防災基地としての備えも万全。

すぎのこ農園は、現在も障害者施設以外にも中学生の職業体験や、就労支援の取り組みを行っています。今後は、周辺の教育施設とのさらなる連携や、ボランティアを通じて農と福祉に触れる若者や住民を増やしていくこと、さらにはすぎのこ農園に来園できない施設利用者にも効用が広がる仕組みも他施設との連携も想定しながら、区として考えていきたいとのことです。

農産品加工販売など、事業としての活動や、農福連携施設としての目的を超えた施設利用などには規制上の制約があるものの、行政による都市農地の保全を行いながら、地域づくりの広がりの起点となる農園のかたちに、とても多くの可能性を感じました。すぎのこ農園の時間を過ごされた方が、地域内の様々なところで活躍し、関係施設が得意なことを活かして連携するこれからの未来が、とても楽しみです。

短期の職業体験のうちに、土と野菜に触れる喜びにあっという間に技術を習得してしまう学生も多いとのこと。

すぎのこ農園は、平日午後2時から午後4時、土曜日の午前10時から午後3時の時間は一般開放されており、来年度に向けた新たな区民ボランティアの募集も行いました。今、そこにいる時間を大切に感じさせてくれる区民の縁側のような農園に、ぜひ足を運んでみることをおすすめします。

食農弁護士

桐谷 曜子/YOKO KIRITANI

1977年生まれ。神奈川県川崎市出身。大手法律事務所で弁護士として企業買収、企業法務に従事後、証券会社での勤務で地方創生、海外投資、ベンチャー投資等に深く関与。その後、2014年から2022年まで農林中央金庫に在籍し、食産業及び農業に関する投資、国内外企業買収、各種リサーチや支援業務に携わる。
自他ともに認める食オタクであり、法務知識のみならず農林水産部門に関する知見を用いて、ベンチャー企業含む事業者や生産者の各種相談対応、新規事業創出支援、資金調達や事業承継支援を行う傍ら、料理で人を繋ぐことで課題解決への貢献を目指している。

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