東京農業をもっと面白く持続可能にする、農業者たちの勉強会「みどり戦略TOKYO農業サロン」。
今回は、2016年に新規就農し消費者との接点を広げることで営農拡大をしてきた、繁昌農園を訪ねました。
東京都での新規就農者はここ数年増加傾向です。近年は40~50名で推移していましたが、2021年度は67名、2022年度は77名となっています。
そのうちの7割ほどが親元での農業後継者ですが、独立就農や雇用就農も増加傾向です。
東京都での新規就農は農地の確保が難しい一方で、消費者と直接つながった農業を目指すという点においては、地方での就農に比べて有利な面も大きいです。
2019年に青梅市で新規就農した繁昌知洋さんの活動は、消費者をあの手この手で巻き込んで新規就農のイメージを変えようとしています。
岩蔵温泉に、ひときわ目をひく自宅兼作業場
東京都唯一の温泉郷(出典:岩蔵温泉観光協会HPより)といわれ、江戸から昭和初期にかけて湯治場として栄えた青梅市岩蔵温泉。
その岩蔵街道と小曾木街道が交わる地に、繁昌農園の作業場はあります。
「青梅で新規就農して借家に住んでいたのですが、岩蔵温泉のまちづくりの取組に参加することもあって、この土地が空いているのを見つけて拠点にしようと購入しました。」(繁昌さん)
岩蔵温泉の旧街道沿いにある作業場
今後の営農計画を語る、繁昌知洋さん。
後継ぎ就農ではない新規就農者にとって、最も大変なことの一つが作業場の確保です。
借りた農地のそばに自宅が確保できることの方が稀で、農地も飛び地となりやすいのが現状です。軽トラの荷台などを使い、畑でそのまま袋詰めして、値札をつけ荷造りまでするということが珍しくありません。
しかし、雨や猛暑のなか、洗い場も確保できずにこういった調整作業にあたるのは困難を極めます。
繁昌さんも安定して作業ができる場所を求めていました。結婚し子育ても見据えるなかで、アクセスも良く、直売もできる作業場つきの理想の自宅を確保できそうだと考え、この土地の購入を即決しました。
2019年に設置したこの作業場には月2回、同じく青梅で新規就農したメンバー達が、それぞれの生産物をもって集まってきます。
繁昌農園の作業場から徒歩2分、岩蔵温泉で現存する唯一の温泉旅館「儘多屋(ままだや)」で開かれているCSA活動での出品のためです。
CSA とは、コミュニティー・サポーテッド・アグリカルチャーの略で「地域支援型農業」と訳されます。
消費者が直接生産者と契約し、月々定額で旬の生産物を受け取る仕組みとなっていることが多いのですが、「岩蔵CSA」は4軒の特色ある農家が合同で納品することで野菜のラインナップの幅が広い点が特徴です。
近隣を中心に現在は12世帯の消費者の方々が「岩蔵CSA」に参加し、鮮度抜群の野菜を旅館に受け取りに来ています。
岩蔵温泉の旅館玄関先に、採れたて野菜が集まる「岩蔵CSA」。
川の清掃や自然観察など、「農家発の環境保全活動」への取り組み
繁昌さんは東京都小平市の出身で、大学では海洋生物について研究していました。子どもの頃から生きもの好きで、自然や生物が身近にある生き方をしたいという将来を思い描くなかで、農業を意識するようになります。
大学卒業後は青果流通の会社に就職し、同時に民間の農業大学校で有機農業について学びました。立川市内の農家の元で研修生として2年間の経験を積んだのち、2016年に26歳で独立就農します。
「青梅市は、東京のなかでも生態系が豊かに保たれています。地域団体と連携して水田の活動もしていますが、希少なモリアオガエルやトウキョウダルマガエル、ハグロトンボがいます。また、湧き水のあるあたりにはアカハライモリや、トウキョウサンショウウオもいます。今でも時間があれば全国の山々で両生類探しをしていて、自宅でも沢山飼育していますよ(笑)」
自宅打合せスペースには、大きな水槽と生きものたちが。
自然環境への興味関心から農業を始めたこともあり、農薬や化学肥料を使わない農業に一貫して取り組んできました。
土壌改善につながるマメ科やイネ科の植物を育てて畑に漉き込む緑肥を用い、投入する資材としては近くの養鶏場の堆肥を中心に使っています。
また、参加者を募って近くの川をきれいにする「農家から始めるクリーン作戦」や自然観察会を開催することで、農業と自然環境のつながりについて広く伝える活動にも力をいれています。
「CSAや直売、宅配などで支えてくれている消費者のみなさんは、環境や健康に関心の高い人が多いです。そのこともあって東京都GAP(グッド・アグリカルチュアル・プラクティス:「農業生産工程管理」と訳され農業において、食品安全、環境保全、労働安全等の持続可能性を確保するための取組とその認証)を取得していますが、今後は有機JAS認証を取得して明確に有機農産物として販売していく予定です。」(繁昌さん)
環境との共生を意識した農業に取り組むという、就農から一貫した姿勢を貫いていることも繁昌農園のブランディングにつながっています。
青梅市の水田地帯では、希少な生き物たちも見ることができる。写真右には、ハグロトンボが。
「面白そう!」と引き込まれるような農業を目指す
3,000㎡からスタートした繁昌農園ですが、今では20,000㎡ほどまでに拡大し、常時、研修生や援農ボランティアも受け入れています。研修生のなかからは、同じく青梅市で新規就農したメンバーも生まれました。
当初から多品目栽培で、しかも希少な西洋野菜や伝統野菜など珍しい品種にも取り組み、年間の品種数にすると200品種ほどの野菜を育てています。
一方で、千葉のホームセンターや、住宅展示場内の農園でのワークショップなど家庭菜園をサポートする活動も並行して行い、プライベートでは0歳のお子さんもいるという忙しさ。
今後の展開をどのように考えているのでしょうか?
「就農からいままでは、とにかく駆け抜けてきた感じです。おかげさまでファンになってくれるような皆さんにも出会い、販売にもつながってきました。これからは有機認証事業者を目指し、生産品目をある程度に絞り込むことで、研修などに来ている皆さんにも作業分担しやすい農業にしていこうと考えています。」(繁昌さん)
その上で重要だと考えているのが、「繁昌農園はいろいろやっていて面白そう」と思ってもらえるような活動や発信を続けることだと考えているそうです。
最近では、青梅市で新しい形の無人直売所に取り組んだり、「東京キッチンガーデンマーケット」での出品にも、CSAに一緒に取り組む青梅新規就農メンバーとともに力をいれています。
地域とつながるチャンネルを手堅く広げる活動をされていますが、農業体験の参加者には都心に在住の人も多いといいます。
ICTを駆使して在庫状況もわかる、無人直売所「東京キッチンガーデンマーケット」。
「農業に対する敷居をなるべくさげて、いろんな人が関わりやすい形を目指しています。新規就農は大変でなかなか生活が成り立たないイメージもありますが、繁昌農園としても研修生が巣立って、この地域全体で価値を高めていける農業を実現したいです。」(繁昌さん)
農業後継者不足が当たり前となってしまった農業界で、自分自身のライフスタイルも充実させながら経営を成り立たせている新規就農のモデルケースがあることは大きな希望です。
東京農業にも更なる才能が参入し、既存の経営スタイルにとらわれない営農を確立することで、次へとつながっていくことでしょう。
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㈱農天気 代表取締役 NPO法人くにたち農園の会 前理事長
小野 淳/ONO ATUSHI
1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)
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