2025年は全国的にクマによる獣害が大きな注目を集めた年でしたが、東京都においては、特に住宅に隣接するような都市農地での「ネズミ被害」が拡大しているという声が上がっています。

府中市の若手農業者団体「府中農業後継者連絡協議会」は、独自に勉強会を開催。学識経験者や駆除の専門事業者と連携し、WEBサイト「農地のネズミ対策特設サイト」を立ち上げるなど、普及啓発に取り組み始めています。
想像以上に深刻かつ急拡大する被害の現状と課題について、プロジェクトの発起人である府中市「うちで農園」の小勝正太郎(おがつ・しょうたろう)さんにお話を伺いました。

TOPイラスト:「畑に集合する三種のネズミ」(農地のネズミ対策特設サイト©2025 府中市農業後継者連絡協議会)

「2024年の秋、サツマイモの収穫を控えて蔓(つる)の整理をしていたら、ネズミの姿が随分と目に付いたんです。実際に掘り起こしてみると、半分以上のサツマイモが食害されており、約500kgを廃棄せざるを得ない状態でした」

府中市の住宅街に囲まれた「うちで農園」では、ハウストマトを中心にサツマイモやのらぼう菜などを栽培し、直売所と収穫体験を組み合わせた、地域に根ざした農業経営を展開しています。
園主の小勝さんは、清瀬市の農家での研修を経て2017年に新規就農しました。設備投資を行い、養液栽培のハウスや自販機付きの直売所を整えるなど、経営がようやく軌道に乗ってきたと実感していた矢先の出来事でした。

「今までこれほど大きな被害はなかったので、対策も全く取っていませんでした。気付いたときには、すでに後の祭りだったんです」

被害はサツマイモだけにとどまらず、トマトのビニールハウスに穴を開けて侵入した形跡も見つかりました。放置すれば経営上の死活問題となります。
小勝さんがインターネットなどで対処法を調べてみると、農地で取れる有効な対策が意外にも少ないことに気づきました。そこで地元の「府中農業後継者連絡協議会」で問題提起をしたところ、同様の悩みを抱える農家が数多く存在することが分かってきました。

「自分一人で対策しても、ネズミが近隣の畑に移動してまた戻ってくるようでは意味がありません。獣害対策は地域一体となって取り組むことが重要です。行政や研究者の力を借りるためにも、まずは団体として動くことにしました」

府中市でハウストマトやサツマイモなどを栽培する「うちで農園」小勝正太郎さん

ビニールハウスにネズミが侵入しようとした痕跡

府中市の若手農家たちで対策を研究

ネズミによる被害は、都市部の百貨店や飲食店、民家などで以前から問題視されており、様々な対策が講じられてきました。しかし、農地においては「殺鼠剤(ねずみ駆除剤)」も「農薬」と位置付けられるため、ホームセンター等で市販されている「防除用医薬部外品」の多くは使用できません。これは農薬取締法上の制約によるものです。
また、複数回摂取することで効果を発揮する蓄積毒タイプの薬剤は即効性が低く、専門家に相談しても「農地での対策はかなり難しい」との回答でした。

一方で、長野県のリンゴ栽培などでネズミ対策に取り組む業者からは、「いわゆる『野ネズミ』と、今回のケースのような『家ネズミ(クマネズミ、ドブネズミ)』とでは生態が大きく異なる。そのため、既存の対策がどこまで効果的かは分からない」という見解が示されました。
実は今回の被害は、都市農業において独特かつ近年急増している、新しい問題であることが見えてきたのです。

協議会が都内自治体の担当者へ聞き取りを行ったところ、あきる野市などの東京西部では、被害はそれほど深刻に認識されていませんでした。一方、特設サイトには横浜、神戸、大阪といった都市部からのアクセスが寄せられています。全体像は明らかになっていませんが、他の都市部においても農業被害が想定以上に拡大しつつあるのかもしれません。

「先行事例が少なかったのですが、家ネズミが繁殖して多大な被害をもたらしている小笠原諸島の事例を参考にさせてもらいました」

まずは周辺の草刈りを徹底し、ビニールハウスの裾をビニールからトタンへ替えて物理的に侵入を防ぎます。収穫後の残渣(ざんさ)は深く埋め、ネズミが繁殖しにくい環境を整えました。
さらに、農地でも使用可能な殺鼠剤「ラテミンリン化亜鉛1%」を地元JAに仕入れてもらい、誰もが購入できる環境を整備。残る課題は「いかに効果的に薬剤を食べさせるか」でした。

市販品、自作品含めて様々なネズミ対策を比較検討

製作:府中市農業後継者連絡協議会
監修: 公益社団法人東京都ペストコントロール協会、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授 清川泰志

廉価で誰でも作れる「ベイトステーション」を開発

市販の捕獲罠や「ベイトステーション(餌場)」も検討しましたが、入り口がドブネズミには小さすぎたり、コスト面で数をそろえるのが難しかったりと、現場に即したものがなかなか見つかりませんでした。
また殺鼠剤の使用にあたっては、カラスなどの誤食を防ぐため、ネズミだけが食べられる状態で設置しなければなりません。

「秋になれば再びサツマイモの被害が予想される。そう思い、ホームセンターの資材売り場で頭を悩ませていた時にひらめいたんです。ヒントになったのは、小笠原で実践されていた手法でした」

水道配管用の塩ビパイプを組み合わせ、殺鼠剤を仕込む箇所を透明にすることで、捕食状況を一目で確認できるように改良。T字型にすることで地面への固定も容易になり、1台あたり1,000円程度で自作できるのが大きな利点です。
実際にこの装置を複数設置して対策を講じたところ、2025年のサツマイモ被害は約60kgにまで減少。前年の10分の1に抑え込むことに成功しました。

「あくまで複数の対策を組み合わせた結果ですし、試行期間もまだ1年。安定して防除し続けられるかは未知数です。今後も継続的な普及活動と、さらなる調査が必要だと考えています」

自作できるネズミトラップ透明部分に殺鼠剤があり一目で捕食状況がわかる

現場の危機感に応える、今後の課題

近年、なぜこれほど急激に被害が拡大したのか、その根本原因はまだ解明されておらず、周辺環境との相関関係も推測の域を出ません。そこで特設サイトでは、目撃情報や被害情報の投稿機能を設け、実態の把握と自作装置の効果に関するデータ収集を継続しています。
また、2026年1月には立川市で勉強会を開催。会場とオンラインを合わせて約200名もの農業関係者が集まり、現場での関心の高さが浮き彫りになりました。

「前例が少ないだけに、課題は山積みです。現在、農地で使える効果的な薬剤は限られており、耐性を持つ個体の出現も懸念されます。今後は、ネズミの嗜好や行動パターンを解明するための定点カメラ調査など、個人の努力では限界がある『広域的な実態調査』へのサポートも求めていきたいと考えています」

一人の農家の問題意識から始まったこの取り組み。短期間でこれほど大きな反響を呼んだ事実は、現場の危機意識がいかに切実であるかを物語っています。都市農業という貴重なインフラを守るためには、農家の自主的な努力に加え、行政や研究機関が連携した、より組織的な対策が今まさに求められています。

研究者なども招き継続的に勉強会を開催して、普及啓発に努めている

㈱農天気 代表取締役 NPO法人くにたち農園の会 前理事長

小野 淳/ATUSHI ONO

1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。
30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演 
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)

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『みどり戦略 TOKYO農業サロン』

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