東京をもっと面白くする農家たちの勉強会「みどり戦略TOKYO農業サロン」
今回は町田市にある多摩丘陵で10年前に新規就農した渡辺恒雄さんの「あした農場」を訪ねました。

家畜を飼育して、穀物も生産することで家畜糞や飼料も循環させていく「有畜農業」という農業形態があります。昭和30年代まではそのような農家の形は珍しくありませんでしたが、分業化が進み、今では有機農家であっても野菜の生産に特化している方が一般的です。
あした農場はかつての有機農家たちが目指した「なるべく外部からの資源にたよらず、生活も含めて自立した農業」の考え方を受け継いでいる東京では数少ない事例といえます。

山間地を開墾するところからはじまった

バス通りから山道をとおって、丘陵の山間に「あした農場」はあります。茨城県で有機農業を学び、新規就農先を探しているなかで出会ったのがこの地でした。もともとは植木畑だった場所が灌木と雑草で生い茂り、本格的な開墾が必要な状態だったといいます。

「町田市が貸借可能な農地をとりまとめて貸し出す『農地バンク』の仕組みを使って2013年に就農しました。開墾したばかりのころは大雨が降ると土が流れてトラクターでも乗り越えられないような川筋ができてしまうような有様で、随分と苦労しました」(渡辺さん)

表面だけ土づくりしても、斜面の上の方はどうしても土がながれてやせた赤土が露出してしまいます。初年度は全面に小麦を植えて、まずは地面を整えるところから。2年目から野菜の生産も始めましたが、環境の急変のせいか想像を超える害虫の被害に苦しめられたと言います。近くの牧場からの牛糞堆肥を投入して草をはやし、漉き込むことを繰り返して少しずつ生産性の高い土地に改良してきました。

草を肥料として使う「緑肥」の活用

研修していた茨城の農場では鶏も飼い、落ち葉を活用して堆肥を作るなどのことをしていましたが、実際に就農してみると堆肥をつくる時間も労力もなかなか割けない状況です。夫婦2人で1haの畑と、水田も500㎡管理するために、手間をなるべく軽くして土づくりも省力できる方法として最近力を入れているのが「緑肥」です。
「緑肥」とはイネ科やマメ科など生育が旺盛な種をまいて、ある程度成長したところで土ごと耕して漉き込んでしまうことで、植物そのものを肥料として活用する手法です。
勢い良く茂る緑肥を育てることで他の雑草が生えにくくなることに加えて、害虫の防波堤となったり、生物相が豊かになることでセンチュウなどの土壌害虫が抑制されたり、マメ科の緑肥に関しては空気中のチッソを固定化する「根粒菌」の働きによって土を肥沃にしてくれるという効果もあります。
あした農場では一定期間は野菜を植えずに、全面に緑肥の種をまいて全て漉き込んでしまう方法に加えて、ナスやトマトなど長期間収穫する野菜の畝間に「リビングマルチ」(※主として栽培する作物の生育中に地表を覆うように同時に生育させる別の植物を指します。) として植え付けることで他の雑草を抑制しながら、次作にむけての土づくりも兼ねる方法もとっています。
 
2018年からは馬と羊も飼うことで、未発酵の家畜糞を畑に投入したあとに緑肥を育て、そののち野菜を植え付けるといった作物に応じた栽培方法も徐々に確立してきました。
都市農業においては各農家の農地面積が少ないため、緑肥をつかって畑を休ませながら土づくりをするようなことはなかなかできませんが、畝間など部分的にでも活用することで意外な効果もあるといいます。

「最近、実はカラス除けになっているということにも気づきました。畝間に緑肥があることでトマトなどの害が減ったという実感があります。観察していて気付いたのですがカラスは見通しのよいところで、ぴょんぴょん飛び跳ねて活動しています。草地は活動しにくいのでしょうね。」(渡辺さん)

※参加メンバーでマメ科の緑肥「クロタラリア」の種まき、まいたのちトラクターをかけてさらにローラーで鎮圧

※6月にまいたクロタラリア。8月にはここまで育ち、畑に漉きこむ。

「あした農場」にこめられた有機農家としての思い

「あした農場」の野菜の多くは40軒ほどの宅配で出荷されます。また体験農園の区画も30区画とっており、農園でのイベントもしばしば開催しています。
そのため一年を通しての多品目栽培が基本となっていますが、そこに米や麦、そして家畜や緑肥の管理も加わって作付け管理はとても複雑です。斜面地ということもあって場所によって地力にもむらがあります。そういった複雑な畑のレイアウトを、渡辺さんはエクセルを使って畝ごとに肥料や栽培品目を管理して記録を重ねていくことで管理しています。しかし、これを誰かと共有して規模を拡大していくようなことは難しいだろうと実感しています。
近年は有機農業に取り組む場合でも品目を絞って生産性をあげていくことが一般的となっています。海外からの需要や流通での強みを出すため、いわば商品の付加価値を高めるための農業技術としての有機やオーガニックの方が、規模の拡大の観点からも合理的と言えるでしょう。
しかし、渡辺さんは穀物にも動物飼育にも取り組むことの重要性を感じています。

「生産農家として売上を伸ばしていくことはとても重要なことですが、農的なことに全般的に取り組むことで見えてくるものがあると信じています。命とはなんだろうとか、生きるとはどういうことだろうとか。」(渡辺さん)

「あした農場」という農園名は町田で就農する前から決めていたとのこと。
「目先の利益を最大化しようとすると無駄に見えることも、未来のことを考えたらやるべきかもしれない。そういうことを大事にした農業をしようと。まあ、『あしたのジョー』にかけた洒落っていうのもあるのですが(笑)」(渡辺さん)

 50~60年前まで農家は家畜を育てながら、米や麦、大豆を中心に野菜は自給的に作るというスタイルが一般的でした。外からの資材購入に頼らずちいさな農村の単位で資源を循環させ、自らの食生活も含めて持続的な農業をするためには合理的なあり方だったといえるでしょう。
渡辺さんはかつての農業の知恵や工夫を受け継ぎながら、今の世の中にも価値を生み出し、次世代にも残していける農業のあり方を模索しています。

㈱農天気 代表取締役  NPO法人くにたち農園の会 理事長

小野 淳/ONO ATUSHI

1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演 
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)

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