大晦日、元旦、三ヶ日を過ぎて「お正月」が終る頃、日本各地でお正月飾りなどのお焚き上げをする「どんど(とんど)焼き」と呼ばれる火祭りの行事が行われます。
 八王子市小比企町の田んぼでは、毎年、「小正月」の1月14日に地域の農家さんたちが集まって、「塞(さい)の神」と呼ばれるお焚き上げを行っているとお聞きし、取材に伺いました。
(写真上は、湯殿川の田んぼの「塞の神」に毎年参している髙橋さん家族)

縄文時代から人々の暮らしの営みが続く、小比企町

 八王子市の南部に位置する小比企町は、縄文時代から人々の暮らしの営みが続く丘陵地。肥沃な小比企丘陵は昔から農業が盛んで、農地を南北に分けるように湯殿川(ゆどのがわ)が流れ、のどかな農の風景が広がっています。(写真:磯沼ミルクファーム[写真上左右]、中西ファーム[左下]、大久保ファーム[右下])。
以下リンクからGoogleマップの航空写真をご覧いただくと、まるでモザイク模様のように美しく広がる農地を上空から見ることができます。
 

 2020年の農林水産省「農林業センサス」によると、市内の総農家数は91戸。
 1農家当たりの経営耕地面積は、東京都が42a、八王子市が34aに対し、小比企町は51aです。特に、露地野菜の販売額第一位の部門別農業経営体数の割合については、東京都が50.7%、八王子市が54.6%に対し、小比企町は75.6%という数字からも、小比企町は耕地面積が東京都内でも広く、露地栽培の盛んな農業地域であるということがわかります。
 また、循環型農業や減農薬・有機栽培、多品目露地栽培などの取り組みを行う農家が多いことも、このエリアの特徴の一つです。
例えば、アニマルウェルフェア(家畜福祉)の考え方で乳牛の命の尊厳と自主性を尊重する「磯沼ミルクファーム」、2,000人もの参加者が農園に集う「や祭」フェスの開催などで地元の農業を盛り上げる「中西ファーム」、そして、40年前から有機農業を実践、年間45種類以上の野菜を栽培し、市内学校給食にも野菜提供している「鈴木農園」などは、様々なメディアでも取り上げられ注目されています。

5人の農家さんを中心に守り継ぐ湯殿川の田んぼ

 今回「塞の神」でお伺いした田んぼは、湯殿川(ゆどのがわ)沿いの南側にあります。
現在、小比企町で田んぼが残っているのはこの地域だけ。このあたりの田んぼは、磯沼正徳さん、鈴木俊雄さん、髙橋政雄さん、森伸治さんをはじめとする農家さんを中心に地域の方々が守り継いでいます(写真上:磯沼正徳さんご提供)。
 1月14日午後1時。ちょうど畑と田んぼの畦道の十字路、辻になっている用水の一角に薪をくべ火を焚き始めると、1組、また1組と、農家さんのご親戚や近所の方々が、お正月の松飾りやしめ縄を持ち寄って火の周りに集まってきました。

そもそも「塞の神」とは?

 そもそもこの「塞の神」はいつから何のために、そしてどうしてこの場所で行っているのでしょうか。
 「誰がいつからやっているのかはわからないけれど、私たちが子どもの頃からここでやっているから、昔から続いている年中行事なのだと思います。“塞”という字は“塞ぐ”という字ですよね。この火を焚いている場所はちょうど、人の住まいのある人里と田畑のある農地の境界線にあたる場所だから、ここで“塞の神”のお焚き上げをすることで、外からの疫病などの侵入を防ぐ意味があるのだと思います。そして、みんなで集まって、この火であぶったお団子を食べることで、共に無病息災を願ってきたのでしょうね。」
と、農家の森伸晴さんの奥様が教えてくださいました。

収穫したお米の粉(米粉)で作る「まゆだま」のお団子

 お蚕さんの「まゆだま」に見立てて使われる真っ白な「お団子」は、「塞の神」の当番をしている鈴木俊雄さんの田んぼで収穫されたうるち米で作ったもの。
米をひいて米粉にして、熱湯で練って丸め蒸し器で加熱をしたら、つるつるもっちりのやわらかいお団子のできあがりです。
このお団子を梅や竹などの長い枝の先に刺し、お焚き上げの火であぶり外側に少し焦げ目をつけて、あんこと一緒にいただきます。

 ちなみに鈴木さんは、2018年(平成30年)に宮中新嘗祭へ献上米の生産者として選ばれ、昨年2023年には農事功労者として「緑白綬有功章(公益社団法人大日本農会)」を授与されたばかり。「塞の神」にふさわしい、ありがたいお団子でした。

田んぼを続けるには、地域の方々の理解と仲間の協力が必要。

 「もうこのあたりには、ここしか田んぼが残っていないということからも、田んぼを続けるということがいかに大変かということがわかるでしょう。田んぼの水は、民家の間を入り組んで流れる用水路から流れてきます。ゴミが流れてくるので掃除も必要です。水の維持管理は一人ではできないので、仲間や地域の方々の理解と協力が必要なんです。」
と、森伸晴さん。
 この日に集まった方々は写真左から、森伸晴さんのご家族、鈴木さんとお孫さん、髙橋政雄さんのご家族、磯沼正徳さんなど。
中には、久しぶりに顔を出された方々もいて、火を囲んで暖を取りながらお団子をほおばって、近況の報告や農業談義に花を咲かせていました。
 なるほど「塞の神」は、地域の方々のコミュニケーションの場としても、年に一度の大切な風物詩となっているのですね。

もう一つの冬の風物詩、子どもたちのお楽しみ「凧揚げ」

 電線のない小比企の冬の田んぼは、冬の北風に乗せて凧を操って遊ぶ「凧揚げ」にぴったり。この日も、磯沼正徳さんが「子どもたちと一緒に凧揚げをしましょう」と、凧を準備してくださっていました。
毎年ここで凧揚げをしている地元の子ども達は、さすがに上手!ずっと空高く凧が舞うように飛んでいました。何十年かぶりに凧揚げをした私の凧は、無惨にもすぐさま操縦不能になりクルクルと落下。それでも、凧の糸をひきながら真っ青な空を見上げる時間は、気持ちも晴れやかになり楽しいひとときでした。

昔ながらのやり方と、循環する農業。

小比企の農家さんたちは、田んぼだけではなく畑でも連携し、地域循環型の取り組みをしています。
例えば、磯沼正徳さん(写真左)の牧場の牛糞堆肥は、30年以上前から鈴木俊雄さん(写真右)の有機栽培の畑で使用されています。

 「この田んぼから向こうに広がる畑の景色を見ながら、昔の人も変わらず同じようにここで畑を耕していたんだろうなって。そう思うと何とも不思議な気分になるんだよね。今日のお焚き上げで使っている薪は、昔、ボイラーを使ってお湯を沸かしていた時に必要で伐採した木から作ったものなんだけど、今は石油やガスがあってボイラーなんて使わないから薪が全然減らなくて。でも最近になって、二酸化炭素削減で薪は環境によいとかで、また薪燃料が見直されているでしょ。昔ながらのやり方が、結局いいってわけだね(笑)」と鈴木さん。

 地域の牧場の牛糞を畑の堆肥にして有機栽培をする、丘陵地の林で伐採された木を薪にして住まいの熱源に使う、そして昔から続く年中行事を大切に、地域の方々とコミュニケーションを重ねて連携する。
 このように小比企の農業は、昔ながらの方法で今も続いています。実はこの昔ながらのやり方こそが、これからの農業の最先端の方法なのかもしれません。

小比企町の農作物が買える場所

●TOKYO FARM VILLAGE(磯沼ミルクファーム)
https://www.isonuma-milk.com/
●鈴木農園野菜直売(googlemap)
https://maps.app.goo.gl/3y9a1ZsoBFSQsAKY9
●中西ファーム  https://nakanishifarm.jp/
●直売所メーメー(googlemap)
https://maps.app.goo.gl/yqsn4YL4HavsPRk48
●大久保ファーム直売所(googlemap)
https://maps.app.goo.gl/GJiaHoqhd5E1KNFk9
●小杉農園https://kosuginouen.com/
●農産物直売所セレクトフード Marche802
https://twitter.com/marche802

グラフィックデザイナー

小林 未央/MIO KOBAYASHI

広島県福山市生まれ。学生時代に美術系出版社の写真部でアルバイトをしたことがきっかけで、メディア制作に興味を持つ。卒業後は、大学職員、印刷会社デザイナーを経てフリーランスに。
2010年の長男出産と2011年の東日本大震災がきっかけで、これまで都心中心だった仕事を生活圏である多摩地域へシフト。
地域情報誌制作を通じて「東京の農ある暮らし」に魅力を感じ、「農業」や「まちづくり」に関する取材撮影、ブランディングにも携わるように。
「NPO法人くにたち農園の会」の立ち上げから7年の理事を経て、現在は「NPO法人くにたち観光まちづくり協会」理事として、地域の魅力の発見と発信に奔走中。

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