守屋きのこ農園の守屋晃男(もりやみつお)さん

シイタケは、食卓に並ぶ身近な食材のひとつ。でも、その産地や、その栽培方法についてどれだけ知っているでしょうか。
実は、原木で育てられたシイタケは全体の約5%、残り95%は菌床シイタケでの栽培です。東京・青梅、深い緑の山あいで、その貴重な原木シイタケを育てている農家さんがいると聞き、取材に伺いました。都心から電車と車で行ける距離に、木々の匂いと蝉の声に包まれた、こんな山仕事があったなんて驚きです。

実は知らない、シイタケの"故郷"のこと

スーパーの売り場に、当たり前のように並んでいるシイタケ。煮物にも、焼き物にも、味噌汁にも。気づけば、わりと頻繁に食卓にのぼる食材です。けれど、そのシイタケがどこで、どんなふうに育てられているのか、考えたことがある人は少ないのではないでしょうか。私もその一人でした。

原木と菌床という言葉は聞いたことがあります。頭の中にはぼんやりとしたイメージがありますが、実際にどちらが主流なのか意識したことはありませんでした。
調べてみると、原木シイタケは全体の約5%しかないのだそうです。もしかしたら、口にしたことがないという人も多いかもしれません。

そんな原木シイタケを東京・青梅の山で育てている農家さんがいると聞き、取材に伺いました。

駅から車を走らせ、山道を登っていくと、聞こえてくるのは川のせせらぎ。窓を開けた瞬間、ひんやりとした空気が流れ込みます。街の暑さとは少し違う夏がそこにありました。深い緑に囲まれた山の中に、守屋きのこ農園はありました。

実は知らない、シイタケの"故郷"のこと 守屋きのこ農園の守屋晃男(もりやみつお)さん

深夜の都会のキッチンから、山の中へ

守屋きのこ農園の守屋晃男(もりやみつお)さんは、就農5年目。もともとは都心の飲食店で働き、多忙で昼夜が逆転するような生活を送っていたそうです。
そこから一転、山でシイタケを育てる暮らしへ踏み出したきっかけは、勤めていた飲食店が六次産業化(※)にも関心を持つ企業だったこと。社員が一次産業を体験する機会があり、そこで農業に触れたことが、農業への関心につながったといいます。

就農を決意した守屋さんが、シイタケを選んだ理由はもともとシイタケが好きだったからではありません。実際に青梅のシイタケ農家を訪ね、農業体験をしながら話を聞く中で、「原木シイタケには一定の需要がある一方、生産量は限られている」という現実を知り、そこに可能性を感じたそうです。

実際に農業を始めて感じたやりがいは、「頑張った分だけ自分に返ってくる面白さ」。
取材中も、守屋さんは何度も「農業は面白い」と話していました。その言葉からは、未来への前向きな思いが伝わってきます。
とはいえ、就農までの道のりは平坦ではなかったといいます。多摩地区の山林の多くは小さな区画ごとに個人が所有しているため、一体的に整備を進めにくいという事情もあります。借りたいと思っていても境界線や所有者が分からなくなった森林も増え、手入れが行き届かない山も少なくありません。

昨年まで借りていた土地も諸々の事情で使用できなくなり、新たな土地を探し、ようやく借りることができた土地は、急斜面に木々やシダが生い茂る場所でした。
「ここを整備して、これから原木の置き場を作ります」
そう話す守屋さんの姿は、新しい里山づくりに挑む開拓者そのものでした。

(※)六次産業化とは、農林漁業者が単に作物や水産物を生産するだけでなく、それを加工して製品化し、さらに販売や体験型サービスまで展開することで、新たな事業領域を創出するモデルです。
名称の「六次」は、一次(産業) × 二次(産業)× 三次(産業) =六次という考え方に由来しています。農産物や水産物をそのまま売るだけでなく、加工品にしたり、体験や観光と結びつけたりすることで、地域ならではの商品やサービスを生み出せるのが六次産業の特徴です。

深夜の都会のキッチンから、山の中へ

原木シイタケと菌床シイタケの違いは?

そもそも、原木シイタケと菌床シイタケは何が違うのでしょうか。

消費者の立場では、「どちらがおいしいの?」「味や香りに違いはあるの?」という点が気になります。一方、生産者にとっては、栽培方法や栽培場所、収穫までにかかる期間、必要な労力、生産効率などが大きな違いになります。

一言でいうと、原木シイタケ栽培は、菌床シイタケに比べて、自然と向き合う必要があり、根気のいる時間も手間もかかる栽培です。

かつて国内では原木シイタケ栽培が主流でした。しかし、原木の伐採や運搬などの作業は重労働であることに加え、コナラやクヌギなどの原木の確保が年々難しくなってきたことから、生産現場では年間を通して安定的に栽培・出荷できる菌床栽培への移行が急速に進みました。現在では、国内で流通するシイタケの多くが菌床栽培によって生産されています。

原木の調達が難しいというだけではありません。原木シイタケと菌床シイタケの栽培方法を比べると、原木シイタケを栽培する労力が格段に大きいことがわかります。
原木シイタケは、クヌギやコナラなどの木に種菌を打ち込み、山の自然環境の中で約1~2年もの歳月をかけてじっくり育てる必要があり、下草刈りや原木の手入れなど、収穫までに多くの手作業が欠かせません。さらに気候に左右されるため収穫は不安定です。一方、菌床シイタケは、森林を必要とせず、都市部でも栽培可能なことに加え、温度・湿度を管理した施設内で栽培され、3〜6ヶ月という短いサイクルで安定的に収穫できます。

原木シイタケが今なお高く評価される理由とは?

「原木シイタケは香りが豊かで、食感もしっかりしています。」と話す守屋さん。
その味わいは、多くの料理人からも高く評価されています。守屋さんが就農を決意した理由の一つも、生産量は少ない一方で原木シイタケへのニーズの多さでした。原木シイタケは飲食店などからの引き合いが強く、出荷した分はほぼ完売するほど評価されているそうです。新規就農をする際に、出荷先を自分で探さなくて良いというのは、とても魅力的なことです。

守屋さんのおすすめの食べ方は、シンプルに「焼き」だそう。
炭火でなくても、コンロやフライパンで焼き、味付けは塩やお醤油だけで十分。菌床シイタケと比べると旨味を何倍も感じるらしく、それだけで本当においしいのだと言います。

守屋さんの原木シイタケは、近隣の直売所でも販売されています。「青梅には昔から原木シイタケを栽培する農家さんがいたから、原木の美味しさを知っている地元の人も多く、直売所でも人気ですよ。収穫できない時期には、乾燥シイタケを加工品として販売していてこちらも人気があります」と話してくれました。

原木シイタケが今なお高く評価される理由とは?

汗だくの夏こそ、秋の出来を左右する

木漏れ日が差し込み、風が抜けていく山の中は、見ているだけならとても気持ちがいい場所です。けれど、原木シイタケの現場は、きれいに整備された畑ではありません。山を切り開き、広いスペースを確保するところから、すべてが始まっています。
夏は暑い時間帯を避けながら刈払い機で草を刈り、原木が乾燥しないよう水をまく作業も欠かせません。さらに、風通しを良くするため、原木の上下を入れ替える「天地返し」も行います。
収穫まではまだ時間がありますが、秋に良質なシイタケを収穫するためには、この時期の地道な管理作業が欠かせないことを今回初めて知りました。

原木シイタケを育てる農家さんは、年々減っているといいます。理由はひとつではありません。高齢化や後継者不足、栽培に時間がかかること、菌床栽培との競争、安価な輸入品の存在、里山管理の担い手不足、気候変動など、さまざまな事情が重なっています。

原木シイタケの栽培には手間も労力もかかりますが、そのなかでも、とりわけ体力を使うのが「浸水」という作業だと守屋さんは教えてくれました。原木は、菌が十分に回っただけでは自然にシイタケが発生するとは限りません。収穫前には、水槽や大きなタンクに原木を約1日浸す「浸水」を行い、雨が降ったあとのような環境を人工的につくることで、シイタケに「発生の合図」を送ります。

浸水で扱う原木は、1本約10kg。太いものでは20kg近くになることもあります。水を吸った原木はさらに重くなり、何十本、時には何百本もの原木を水槽へ運び入れ、浸水後は再びほだ場(シイタケなどのきのこを発生させるために原木を置き、管理する場所)へ運び直さなければなりません。腰や腕への負担は大きく、原木シイタケ栽培のなかでも特に重労働とされる工程です。
「まだ若いから何とかできるけれど、歳を取ったらできないかもしれないね」
そう冗談交じりに話す守屋さんの言葉からも、その大変さが伝わってきました。
「それでも、浸水は発生の時期を調整したり、品質の良いシイタケを安定して収穫するために欠かせない作業です」と、地道な力仕事の積み重ねが、食卓に届く原木シイタケの品質を支えていることを教えてくれました。

汗だくの夏こそ、秋の出来を左右する 汗だくの夏こそ、秋の出来を左右する

原木シイタケを育てることは、山を育てること

原木シイタケの栽培は林業とも切っても切り離せない関係にあります。山がなければ、そもそも成り立たない仕事です。

木々の間から光が差し込み、下草の緑が揺れるほだ場は、シイタケを育てる場所であると同時に、切り株から新しい芽が芽吹き、次の世代へとつながっていく循環が生まれる場所でもあります。人が手を加え、木を伐採することで、森の新陳代謝が促され、森そのものが健全な状態に保たれていきます。

守屋さん自身も、「原木シイタケの栽培は、単に農作物を育てて販売するだけの仕事ではなく、山を守る仕事、社会貢献につながる仕事だと日々実感しています」と、笑顔で話してくれました。

一方で、全国では人の手が入らなくなった里山が、次第に奥山のような状態になってしまう「里山の奥山化」も課題となっています。背景には、林業の担い手不足や高齢化があります。また、原木シイタケの栽培に欠かせないナラやクヌギなどの広葉樹も、「ナラ枯れ」と呼ばれる病害の影響を受けています。

守屋さんも原木の調達には苦労しているそうで、「地元で調達できれば良いのですが、年によって状況が違うので、不足する分は種菌メーカーへ発注しています」と話してくれました。
さらに、東日本大震災以降は、かつて全国シェア1位だった福島県産の原木の流通量が減少したことなども影響し、原木不足が続いているといいます。原木シイタケを取り巻く課題は、山の環境や林業の未来とも深くつながっていました。

原木シイタケを育てることは、山を育てること 原木シイタケを育てることは、山を育てること

ひとりじゃない。山と、仲間と、地域とともに

青梅へ移住し、原木シイタケ栽培を始めた守屋さん。「この仕事は、一人ではできません」と話します。

守屋さんは、青梅きのこ生産振興会の仲間とともに、2020年から始まった「森林整備スクラム事業」にも参加しています。青梅市、青梅きのこ生産振興会、農林業機械メーカーの株式会社やまびこが連携し、森林環境譲与税を活用しながら、里山の広葉樹林の整備や原木の確保、安全な作業環境づくりを進める取り組みです。こうした活動は、原木シイタケの生産だけでなく、豊かな里山を次の世代へつなぐことにもつながっています。

さらに、JA西東京青壮年部や新規就農者とそれを支援する人々のグループ「東京NEO-FARMERS!」にも所属し、地域の農業者との交流や情報交換を大切にしている守屋さん。栽培技術を学び合い、新たな挑戦を後押ししてくれる仲間の存在は、大きな支えになっているそうです。

「山と向き合うのも、農業を続けるのも、一人で作業をするのも好きですが、地域や仲間がいるから助けられていてありがたい」。そんな言葉からは、人とのつながりを大切にしながら、東京の里山を未来へつないでいこうとする熱意が伝わってきました。

ひとりじゃない。山と、仲間と、地域とともに

「原木シイタケを知ってほしい」から始まる、これからの挑戦

守屋さんが今、一番願っているのは、原木シイタケという存在をもっと多くの人に知ってもらうこと。山に足を運び、実際に見て、収穫できるような機会も増やしていきたいといいます。
かつて子どもたちを対象に行った植菌・収穫体験では、シイタケが苦手だった子が、原木シイタケは食べられたこともあったそうです。自分で収穫した体験や、原木シイタケならではの香りや食感が、おいしさにつながったのかもしれません。
守屋さんは、今後も地元の幼稚園などで出前授業を行っていきたいと話していました。
生産量も、これからもっと増やしていきたいところ。とはいえ、収穫できるのは年に2回だけです。

「就農してまだまだ5年目。最初からうまくいくとは思っていないので、失敗してもそういうものだと思って気長にやっています。原木に菌を入れてから収穫までの半年間は見守る期間ですが、光や水、風通しなど、シイタケにとって良い環境になるよう工夫しています」

守屋さんの地道な挑戦は、これからも続いていきます。

「原木シイタケを知ってほしい」から始まる、これからの挑戦

秋の収穫の頃、また会いに行きます

守屋さんの原木シイタケは、9月下旬から収穫が始まります。
次にお邪魔するのは、きっとその頃。原木からシイタケがひょっこり顔を出す瞬間を、この目で見せてもらえるのが、今から楽しみです。そしてもちろん、収穫したてを焼いて味わうのも待ち遠しくて仕方ありません。
取材を通して知ったのは、原木シイタケのおいしさだけではありません。山を整え、原木を育て、長い時間をかけて収穫の日を迎える。その一つひとつの積み重ねが、私たちの食卓につながっていることでした。
守屋さんの仕事や生き方に触れ、「原木シイタケを食べてみたい」という思いが、取材前よりもずっと強くなりました。
次回は収穫の様子とともに、そのおいしさも皆さんにお届けできればと思います。

秋の収穫の頃、また会いに行きます

motto-ohashi /

東京在住。農家の嫁として日々の暮らしに寄り添いながら、季節の食材や家庭の食卓の魅力を言葉で伝える。取材・撮影の経験を活かし、やさしく、わかりやすい表現で旬の農産物の魅力を発信。

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