のどかな風景の中に感じる「TOKYO」
東京駅からJR青梅線で約1時間20分、東青梅駅は東京郊外の住宅地にあります。交通量はそれほど多くなく、どこかのんびりとした雰囲気。そこからバスに乗り、KAJIYA FARMを目指しました。
6月に入り、ジャガイモが実りの時期を迎えました。東京富の里 KAJIYA FARM(以下:KAJIYA FARM)では、3種類のジャガイモの収穫が始まっています。
一方で、6月12日に青梅市を襲った突然の雹(ひょう)により、夏野菜が大きな被害を受けたそうです。そんな厳しい状況の中でも、笑顔で畑を守り続ける13代目の跡継ぎ、志井淑子さんに会いに行きました。
東京駅からJR青梅線で約1時間20分、東青梅駅は東京郊外の住宅地にあります。交通量はそれほど多くなく、どこかのんびりとした雰囲気。そこからバスに乗り、KAJIYA FARMを目指しました。
バスが進むにつれて、風景がどんどん緑豊かになっていきます。しかし、どこまで進んでも家や建物が途切れることはありません。のどかな環境ではありますが「やっぱりここは東京なんだな」と実感しました。
青梅市では近年、移住して新規就農する若い世代が増えています。交流も活発で「東京NEO-FARMERS! 青梅グループ」というコミュニティが存在するほど。海外の品種やカラフルな野菜など、新しい作物にチャレンジしている農家さんもいるそうです。
私が会いに行ったのは、2人のお子さんを育てながら、約80アールの畑を切り盛りする志井淑子さん。「KAJIYA FARM」13代目の跡継ぎです。
KAJIYA FARMには水田もありますが、現在は野菜を中心に栽培しています。夏野菜はナスやオクラ、ピーマン、キュウリなど。ニンジンやカブ、ジャガイモといった根菜類も手掛けます。
自然の中で行う農業には、手ごわい課題もあります。特に、新芽を食べてしまう鹿の被害は深刻です。志井さんは鹿が嫌うとされるピンクのテープで畑を囲み、入られないように対策していました。
志井さんが取り組んでいるのは、化学肥料や農薬をできるだけ使わない農法です。たとえば除草なら、雑草にビニールをかぶせて1~2か月放置すると、太陽の熱で草が生えにくくなるといいます。
農業を長く続けていけるよう、収穫量とのバランスを計算して、必要最小限の化学肥料や農薬だけを使うのが志井さんのスタイル。その使用量を東京都の基準から50%以上削減した農産物として、東京都エコ農産物認定制度「東京エコ50」の認証を受けています。
志井さんが月に一度、青梅市で就農した仲間たちと市役所で開催するのが「つながる青梅の野菜マルシェ」。お客さんが農家さんと顔を合わせながら、とれたての野菜を買える楽しいイベントです。
「次はいつやるの?」「また来るからね」と、マルシェを心待ちにしているお客さんもいるそうです。
志井さんは学生の頃から、将来は家業を継ごうと考えていたそうです。しかし、いったん食について学び、異なる社会を経験するため、栄養士の資格を取って保育園に勤務しました。
当時の思い出を、志井さんはやさしい口調で振り返ります。
「食育に熱心な保育園だったこともあり、みんなで野菜を育てる機会もありました。子どもたちは野菜に触れるとき、自然と人間に接するような、やさしい表情になるんです」
外の世界で働いた日々は、志井さんに多面的なものの見方を教えてくれました。自営業を続けていると、組織の一員として働く人が恵まれて見えることがあります。しかし、志井さんは両方を経験したことで「どんな働き方にもつらい面があり、みんな頑張っている。それを知って、いろいろな人を尊敬できるようになりました」と話します。
畑に出て作業をしていると、心が晴れるという志井さん。栄養士を経たことで、改めて農業の素晴らしさを実感しているそうです。
取材に訪れた日、畑ではジャガイモの収穫が行われていました。品種は、ホクホクの食感が楽しめる「男爵」。ジャガイモの甘い香りがほんのり漂います。
KAJIYA FARMでは男爵のほか、芽の部分が赤い「キタアカリ」、中心まで真っ赤な「ドラゴンレッド」も栽培しています。
ジャガイモは、葉と茎が完全に枯れてから収穫します。くわを使う際は、土の中に隠れているジャガイモを傷つけないよう、やさしく掘るのがポイントです。
貯蔵が利き、お腹いっぱい食べられるジャガイモ。カレーやサラダなど幅広く使えるのも大きな魅力です。
志井さんがおすすめする調理法は、シンプルな粉ふきいもです。赤いドラゴンレッドは、料理の彩りにぴったり。ピンクのマッシュポテトを作るのもいいですね。
はつらつとした姿でジャガイモを収穫していた志井さん。その笑顔の裏には、わずか10日前に農園を襲った深刻な雹害がありました。
2026年6月12日、青梅市を突然の雹が襲いました。KAJIYA FARMでは、すでにナスの出荷が始まっていたそうです。その日のことを、志井さんはこう語ります。
「雹が降る少し前、畑で『今年のナスはすごくいいね』と話していたところでした。激しい雹でしたが、5分から10分くらいの出来事だったので、最初はそれほど心配していなかったんです。でも、畑を見に行った父の一言で、現実を目の当たりにしました。」
……全滅だ。
志井さんが慌てて畑へ行くと、そこには被害を受けた野菜たちの姿がありました。実は傷つき、葉はどうしようもないほどボロボロに。土に守られたジャガイモは無事だったものの、もっとも力を入れている夏野菜は壊滅的でした。
志井さんは、畑を見に来た仲間と「私たち、何も悪いことしていないよね」と言いながら、その場に泣き崩れてしまったそうです。
「水をあげたり、支柱を立てたりして大切に育ててきた時間と労力が、あっという間に吹き飛んだ。まるで、我が子を傷つけられたような気持ちでした。でも、思い切り泣いた後、こんなふうに思ったんです。泣いていても何も変わらない、できることをやらなきゃ、って」
志井さんは、懸命に畑を救う方法を探し始めました。自分で調べるだけでなく、農業の研究機関にも話を聞いたそうです。
傷ついた野菜は、そのまま放っておくと病気にかかってしまいます。志井さんはご両親と一緒に、畑を2度にわたって消毒し、傷ついた実と葉を切り落とすことにしました。
しかし、葉をすべて取ると光合成ができなくなるため、必要な分は残さなければなりません。根気だけでなく、農業の高度な知識も求められます。それは1日ではとても終わらない、大変な作業でした。
野菜たちは、志井さんの努力と愛情に応えるかのように、勢いよく復活していきました。
私が取材に伺ったのは、雹が降ってから10日後です。キュウリは上へと葉を伸ばし、ナスやピーマンは新しい葉を広げていました。
「今はまだ、やっと立ち上がり始めたような状態です。病気にかかる可能性もありますし、安心はできません。でも、走れるところまで復活したら収穫できますね」
そう語る志井さんの表情は、新芽のようにさわやかな笑顔でした。
雹害が起きた後、志井さんは夏野菜が復活できなかったときに備え、この時期から育てられるものを探したそうです。取り入れたのは、今まで作っていなかった空芯菜、つるむらさき、小松菜。空芯菜は暑さにとても強いので、年々暑くなる夏の主力野菜になるかもしれません。
志井さんは愛おしそうに野菜を眺めながら、胸の内を教えてくれました。
「雹が降った日は、どん底に落とされたような気持ちでした。わずか10日でここまで復活した野菜の力には、本当に驚かされましたね。この生命力は本当に素晴らしい、見習わなきゃと思っています」
大きな被害を乗り越え、前へ前へ進む志井さんの言葉には、やさしさと逞しさがあふれています。
「こんなに素敵な農家さんがいるのだから、東京の農業は明るい」そう確信できる取材でした。

「人に歴史あり」を座右の銘に活動しているフリーライターです。
好きなものはバイクとサッカー観戦、苦手なものは庭の雑草とオバケ(ただし霊感はまるでなし)。
野菜のおいしさや食べることの素晴らしさを伝えていきたいと思っています。




