昨今、テレビやニュースでも注目される練馬区の冬の風物詩「練馬大根引っこ抜き競技大会」は、今年で17回目を迎えました。
中太りで、長いものは1メートルを越す練馬大根を「制限時間内に抜いた大根の本数」「制限時間内に抜いた大根の長さ」を競うこの大会ですが、男性でも1本引っこ抜くのに数十秒かかることも。
当日は、選手権の部に118名、グループの部に70組、合計380名が参加しました。選手の皆さんだけでなく、応援する方も土から出てくる大根に驚いたり、悔しがったりと、まさにスポーツそのものの白熱ぶり!
なぜ練馬でこんな競技が生まれたのか。
申し込みの受付開始翌日の夕方には締切られてしまうほどのその魅力について、実際に大会に出場して取材してきました!

まず配られるのは「アスリートカード」!

出場費1,000円を払って会場で受付をすると、配布されるのはアスリートカードと軍手、ルールブック。
ルールには「抜く際、軍手以外(イボ付きやゴム手袋など)の使用は認めない」抜けなかった場合のパスの回数についてなど、1本を争うスポーツとしてのルールの他、「2本折ったら失格」「故意に折るのも失格」など、丹精込めて育ててきた大根への愛を感じる内容も。
普段は運動をあまりしない筆者でも、「今日だけはアスリートなのだ!」と無性に気合が入ります。

こちらで、JA東京あおばと区民の皆さんで種まきや間引きも行い、約5,000本の大根を育ててきたそう。
開会式では、大根を育ててきたJA東京あおばの栽培管理担当の芹澤さんが抜き方を伝授します。

抜き方のポイントは、「3分の1ほど出ている大根の本体をしっかりつかみ、太ももに力を入れて自分の体全体で抜くこと。」だそう。「ケガをしないよう、大根にも自分にも優しく抜いてくださいね。」とのコメントも。
今年は11月ごろまで気温が高かったため、大根が大きく育ち抜きにくい生育状況になり、例年は「パスは1回まで」のところが、男性は2回・女性は3回までパスが認められる特別ルールになりました。

開会式では畑に入って準備運動も。大根ポーズなども織り交ぜた「練馬大根引っこ抜き方教えます」というオリジナルソングに合わせて。

いよいよ畑に入って、競技スタート!

グループの部は、「大根を10本選んで抜き、その中から長さや重さを競う」というもの。
コツを覚えて上手に抜いていた少年が「小学生部門があればいいのに〜!」と叫ぶ姿も……笑。

選手権の部は、手をあげた状態で笛の合図でスタートし、1分間で抜いた本数を競います。審判はJA東京あおばの野球部の皆さん。平等な競技に尽力してくれています。
今年の大根は曲がっているものが多く、折れてしまう人が続出!「1本も抜けなかった……!」「2本、折れちゃった……」と口々に悔しそうな声。
男性部門は8本、女性部門は4本が予選トップで、それぞれ上位5位までが決勝戦へと進みます。

力強い男性の決勝戦、波乱の女性部門はサドンデスへ突入!

男性の決勝戦はさすがパワフル!屈強な男性が重たい大根を片手にダッシュする姿も。

曲がりくねった大根を折らずに抜くだけでも大変な苦労(技術?)!
「大根を2本折ってはいけない」と「残りのパスの回数」「迫ってくる制限時間」を頭の中で天秤にかけて抜き進めます。

女性部門は決勝戦初戦で勝負がつかず、サドンデスへと突入。
「抜いた大根が長い方が勝ち」というサドンデスでは、大きすぎる大根を選んでしまうと今年の重すぎる&長すぎる大根は抜くことができないというリスクも。中には抜けずにリタイアする選手もいました。
サドンデスは2回戦まで行われ、優勝者が抜いた大根は89cmの長さだったとか。まっすぐで長い大根を抜いた瞬間、「おおー!」と拍手がわき起こり、見知らぬ人同士でも「頑張れー!!」と応援の声が響き渡るのはなんとも心温まる風景でした。

練馬大根引っこ抜き競技大会の原点とは?

この日抜かれた大根は、約4,000本(約6,800㎏)。最も重い大根は6.0kg、長い大根は103cmでした。よく見かける青首大根と比較してもまさに規格外。そのため市場や直売所に出すにも難しく、練馬区とJA東京あおばが意図的にバックアップしていくことで練馬大根を守り継いでいます。
農作物は生産するだけではなく、消費までの着地点がないと継続して作り続けられないのだと改めて知ります。

練馬大根引っこ抜き競技大会は、子どもたちに学校給食で練馬の地場野菜である練馬大根を食べてもらいたいという「食育」が原点で、他にも「ニュースで流れるような、練馬区の冬の風物詩になるものを。」という農業者の提案を受けて始まったそう。
① 区とJA東京あおばが主導して、練馬大根を生産
② 消費先として学校給食を確保
③ 抜きにくい特徴を逆手に取り、区民が楽しんで抜く体験型イベント
上記3つの要素が絡み合い、市場に乗りにくい悩みを持つ練馬大根を継続的に生産・消費できるよう大変うまく考えられているのです。

都市農業を促進するためには地域の理解が不可欠

また、「地域の方のイベント参加は、都市農業を保つためにも不可欠です。」とJA東京あおばの中川さん(地域振興部農業振興課)は語ります。
「練馬区は世界的にも珍しい、都市農業が成立している好例です。ですが、住宅地に畑がある状況は土埃が舞ったり、農薬を散布しなければならない時期など、農家の方がかなり気をつけても限界があることも。そのような意味でも地域の方の理解が必要なんです。農地も減ってきているし、後継者も不足している。農業をしやすい環境整備、そのための理解促進のためにも練馬大根引っこ抜き競技大会のような地域参加型のイベントは大切です。」

(大会後の畑。畑にいた全員でなんとか抜き終えました!)

これからも練馬ブランドを守り続けるために、ファンを、応援団を作りたい。

「練馬といえば練馬大根だけど、生産量は決して多くはないのが実情です。区民にもっと練馬大根を知ってもらい、改めて練馬の都市農業に想いを持ってもらうためにも、楽しみながら農業を感じてほしいです。」こう話すのは練馬区都市農業担当部都市農業課の岡村課長 。
「野菜を育てる喜びや、収穫の楽しさ、また自然に触れる経験など、農業でしか味わえない感動ってあると思うんです。こうしたイベントを入り口に農業に興味を持ってもらい、都市農業を応援する気持ちを醸成していけたら嬉しいですね。
子どもの頃のこういう経験って、きっと大人になっても残ります。この大会翌日の練馬区の小中学生の給食には、毎年必ず練馬大根スパゲッティが出るんですが、それも思い出の味、練馬区民のソウルフードです。食育の推進も目的の一つではありますが、これからもこのような大会から、練馬農業のファン層を増やしていけたらと思います。」
“農業の応援団を作りたい”との意気込みが印象的でした。

【取材後記】実際、「練馬大根引っこ抜き競技大会」はファンを増やし、都市農業を発展させている。

元々農業と無縁だった筆者は結婚を機に練馬区に移住し、この大会への出場から自然と農業に触れるようになりました。今では練馬区の農業体験農園(※)も3年利用し、こうして農業にまつわる記事を書くまでに。また、数年前に一緒に大会に出場した友人はこの大会をきっかけに就農しています。
それほど農業体験は心や人生に大きな影響を与えてくれ、イベントでの「農地に入る楽しみ」が都市農業の発展につながっている、と感じながら大会を後にしました。
ちなみに女性部門で優勝したのは筆者なのですが、農業体験農園(※)での日々の農作業が決勝サドンデスでの大根の見極めに寄与した気も。
園主さんや、もし大根の神様がいたらお礼を伝えたいところです。

(一度トラックで運んだ後も残る、収穫した練馬大根の山。「今日抜いた大根が区内の小中学生に食べてもらえる」と出荷する農家の方の気持ちにもなれる)

(※)練馬区が発祥の制度。利用者は入園料・野菜収穫物代金を支払い、生産緑地を農園主から貸借する形で園主(農家)の指導のもと種まきや苗の植え付けから収穫まで、年間20種類以上もの収穫体験ができる。
 ▼ https://www.city.nerima.tokyo.jp/kankomoyoshi/nogyo/hureai/taikennoen.html

三文字 祥子/SHOKO SAMMONJI

都市農業ライター「畑と私」
広告などの企画・編集・コピーライターを続けてきた傍ら、練馬区での都市農業を楽しんで暮らす。
農業から自然や環境、収穫物を食卓に載せるまでの工夫を考えるのが好き。
趣味は三味線、民謡、盆踊り。

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