施設栽培における「環境負荷の軽減」とは
訪ねたのは7月下旬。すでに前期のトマト栽培は終了し、残った茎を片付けて、次の9月の植え付けに向けて準備をする時期でした。
昨年の秋から収穫をつづけたトマトの茎は、1本が10m以上に伸びています。それが2,000本以上あるので、片付けはなかなかの重労働。この時期は各方面に声をかけて見学がてら手伝ってもらうことも多いそうです。
私たちもお話を伺いながら、茎をハウスの外に運び出して粉砕機で粉砕する作業に参加しました。
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今回は、「生産緑地」での新規就農第一号であり、しかも4,500万円の環境制御型のハウスを建設しての就農ということで、就農当初から全国的に注目されている、日野市のネイバーズファームを訪ねました。
ビニールハウスでのヤシガラ培地(※)での栽培ですので、いわゆる「土づくり」は存在せず、循環型の農業とは縁遠いイメージがあります。
しかし、独立就農5年目の代表の梅村桂さんは、環境負荷を軽減し地域のなかで持続できる農業とはなにかを模索し続けています。
(※)ヤシ殻培地とは、ヤシの実の殻を細かく粉砕した有機培土のこと。 ヤシ殻培土の原料となるヤシ殻の表面には、小さな穴が無数に空く多孔性となっており、そこにたくさんの空気や水分を蓄えることが可能。 また、粒は荒めで粒子同士には適度な空間ができるので、余計な水分は流れていく性質を持っている。
訪ねたのは7月下旬。すでに前期のトマト栽培は終了し、残った茎を片付けて、次の9月の植え付けに向けて準備をする時期でした。
昨年の秋から収穫をつづけたトマトの茎は、1本が10m以上に伸びています。それが2,000本以上あるので、片付けはなかなかの重労働。この時期は各方面に声をかけて見学がてら手伝ってもらうことも多いそうです。
私たちもお話を伺いながら、茎をハウスの外に運び出して粉砕機で粉砕する作業に参加しました。
カットして枯れたトマトの茎を運び出し、粉砕機を使い粉砕する。
ビニールハウスのトマト残渣は、まとまって一気に出ることもあり、大型の施設栽培では特に処理に困る厄介な課題です。
ネイバーズファームでは、隣接するブルーベリー畑の地面に撒くことで、根の保護や土づくりに役立てています。
粉砕してチップ状になった茎を、ブルーベリーの株元に敷く。
「もともと、途上国の課題などに関心を持ち、そこから農業を始めたこともあって、施設栽培とはいえ“環境に配慮した農業”にしていきたいと思っています。『東京都GAP認証制度』や『東京都エコ農産物認証制度』の認証を取得して、農薬の使用回数を絞ったり、施設栽培の機器についても選定の基準として環境を意識しました。」(梅村さん)
トマトやイチゴなどの施設栽培では、二酸化炭素を供給することで成長を促進させる方法をとることが多いのですが、ネイバーズファームでは、夜間に暖房機の排気ガスに含まれる二酸化炭素を貯留し、日中、光合成が活発な時間に作物へ局所施用できる機器を取り入れています。また、水に関しても、日照量を計算して水と肥料の量を自動調整できるシステムを入れることで、必要以上に電気や肥料を消費しないように取り組んでいます。
「1,000㎡ほどのビニールハウスですが、電気代は年間で約40万円ほどかかり、かなりの経費となります。電気代の値上がりは経営を圧迫しますし、できれば自家発電したもので電気をまかなえるようにしていきたいという想いがあるので、そこは技術革新に期待しています。」(梅村さん)
機器導入の際には環境的配慮も選択の大きな判断材料となる
2019年に個人で新規就農した梅村さん(当時は旧姓:川名さん)ですが、2023年4月に法人化し、株式会社ネイバーズファームとなりました。現在は2名の社員を雇用しています。
「個人で補助金を取ったり借り入れをしたりして施設を建てたということもあって、法人に移行する手続きはなかなか大変でした。でも、私はこの事業を、私個人の生活とは分けて考えたかったし、法人化することで、社員も私の個人事業ではなく会社のための仕事と考えて、いずれ経営を担っていくようなイメージもつきやすいと考えました。」(梅村さん)
農林水産省の統計資料「農林業センサス」によると、日本の農業者の平均年齢は2022年の時点で68.4歳。また、経営主が70歳以上の経営体で見ると「後継者を確保している」経営体は3割にも満たない(農林業センサス2020)といいます。
圧倒的な担い手不足の農業界においては、生産性の高い農業を次世代につないでいくことは喫緊の課題です。また、女性農業経営者の場合、出産などのライフイベントをどのように乗り越えていくのかを考えたときに、組織として営農を継続できる体制作りは不可欠と言えるでしょう。
「個人であれば多少の失敗は自分の責任ということで受け止められますが、社員がいるとなると大きな失敗はできないというプレッシャーもあります。いまのところ法人化の大変なところの方が勝ってしまっているのですが、長期的に見ていい成果を出したいなと思っています。」(梅村さん)
ネイバーズファームの法人としての成功が、女性の農業参入のモデルケースとなることも、梅村さんにとっての大きな目標となっています。
写真左より、設立当初からの社員の山口さん、梅村さんと、2023年入社の村野さん。
ネイバーズファーム(お隣、ご近所の農園)という名前には、地域に溶け込み大切に思ってもらうことで、農業や農地を残していけるという想いが込められています。
それが一つの形となったのが「ひのトマトフェス」です。
ファースト系トマト(冬トマトの代表品種)の生産者が多い日野市で、一番、トマトを美味しく食べられる4月に開催。これまでに2回開催し、2024年4月21日にも第3回を開催予定です。
「飲食店と連携し、2023年は市内外の9軒の農家が参加、2,500名を超える来場者に多めに用意したはずのトマトが1時間で売り切れてしまうという盛況ぶりでした。
会場全体の売上が200万円ほどになり、嬉しい悲鳴でしたが、早く売切れすぎてしまって、あとから来た方々に残念な思いをさせてしまったという反省もあります。来年に向けて今から準備しているのですが、今度は東京中の農家を集めて、新しいスイーツやトマトビールなど、さらに飲食や加工品も充実させて臨みたいと思っています。」(梅村さん)
「ひのトマトフェス2023」には、9軒の農家が参加。1日で2,500名以上が来場した。
▼ ひのトマトフェス2023
https://neighborsfarm.tokyo/2023/01/14/secondtomatofesta/
こうしたイベントは、主催者側としてはとても労力がかかる割には、短期的な利益には結びつきづらい面もあります。それでも地域として「日野市のトマト」を“ブランディング”していくとともに、生産者同士が「短時間でものすごく売れて、消費者に喜ばれる。」という経験を共有していくことで、結果的にネイバーズファームとしても価値を高め、より必要とされる会社になっていけると考えています。
「今年は露地栽培の面積を広げましたが、なかなか大変でした。利益率を考えると、やはりトマトの施設を増やしたい思いはあります。ただ、それは運やタイミングも大きいので、まずは今の規模で実現できる生産性をつきつめて、会社として成長したいと思います。」(梅村さん)
生産者として、会社経営者として、地域のイベントの運営者として複数のアプローチをとりながら、「農業を通して街をより豊かに、持続可能なかたちに進化させていく」という、当初からの梅村さんのブレない姿勢を感じました。
1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)