
子どものころ、躑躅(ツツジ)の蜜を吸ったときの、あの淡い甘さを覚えていますか。
はかない甘さが消えて、名残惜しく花弁の端を噛むと、わずかな酸味がやってくる・・・。
そんな「花を味わう世界」を追求し、東京都清瀬市でエディブルフラワーを栽培してきた生産者・横山直樹さん。そして、今年5月に豊島区目白にレストラン「aeru(アエル)」をオープンした注目のシェフ・中村俊也さん。
清瀬市産の新鮮なエディブルフラワーと、目白の人気レストランが織りなす華やかな宴を、本日はご紹介します。
テイスティング
まずは、お花そのものを味わいます。
色や形、歯ざわりに加え、酸味やえぐみ、甘み、そしてスパイシーな刺激。
他の食材と合わせると見過ごしてしまいそうな繊細な風味も、花だけに向き合うことで味覚の解像度がぐっと高まります。
茶道・花道・香道、さらにはワインや日本酒のテイスティングなど、五感を研ぎ澄ませる嗜みは数多くあります。
その中でエディブルフラワーの宴は、植物学的な視点から味を考察したり、花の美しさと味わいの違いに驚いたり、さらには園芸に関わる文化や産業、出版の世界に思いを巡らせたりと、より深く大人ならではの愉しみを運んでくれました。

・上段左:なでしこ ほのかな甘みが見た目の可憐さにぴったり。
・上段中:ダリア ウドのようなえぐみが、そのままおつまみにしたい。
・上段右:バーベナ 一番淡い酸味。後からカイワレのようにピリッとする。
・中段左:マリーゴールド ぴりっとしたスパイス感と日向夏のような香り。
・中段右:カリブラコア(レッド) ナス科の花。花もナスの味がする。
・下段左:クローバー 癖がなくやわらかな豆苗のよう。
・下段中:ランタナ グアバやパパイヤのような刺激的な南国の香り
・下段右:カリブラコア(パープル) レッドとはわずかな食感の差を感じる。
茶懐石の美 愛でて食す
茶道を思わせる雰囲気の中、早速お茶席を彷彿とさせる前菜が登場します。
南米や熱帯地域を原産とする花々は、見た目には可憐な和花を彷彿とさせますが、ひと口ふくむと、南国らしい個性的な存在感が広がります。
なかでも鮮烈な酸味を放つベゴニアは傷みやすく、中村シェフが鉢で大切に育てたものを使用しているそうです。
ヨーロッパの星付きレストランでは、敷地内や近隣で採れるハーブや野菜、きのこを取り入れ、郷土料理の要素を活かした料理をガストロノミーとして提供する光景がよく見られます。
中村シェフも、世界各地や東京のさまざまなジャンルの料理店で技術と文化を吸収し、生産者とつながりながら、「育てること」と「料理すること」を融合させています。その一皿一皿は、まさに東京のガストロノミーといえるでしょう。

「ナスのブランマンジェ+発酵青紫蘇ソース+ランタナ」
ランタナと紫蘇の風味が一体となって新たな風味となり、最初のテイスティングがなければ、ランタナの風味を感じ取るのは難しいかもしれません。やさしいムースが食事の始まりを整えます。

奥:「カリブラコア+鱧のフリット+セミドライメロン+山椒」
鱧とキュウリは夏の出会いものですが、セミドライメロンとの相性も最高。花の風味が味のバランス完成度を高めます。
手前:「ベゴニアの花+パイナップル+リコッタチーズ+ナスタチウム」
パイナップルの酸味かと思いきや、味の輪郭となる酸味を主張しているのは実はベゴニア。堂々たる主役です。受け止めるナスタチウムのピリッとした辛味が食欲をかきたてます。

鮮度を保ち、かつ観賞用の花と同じく愛でられるための存在として届けられる横山さんの花たち。
花とトマトとの出会い
次の前菜も、まさに和の一皿といった趣。
しかし、その始まりは横山園芸で育てられたサンマルツァーノトマトの青い実を薄くスライスしたもの。無限の小宇宙のように広がる多彩な食材に注がれているのは、和出汁ではなく、トマトやスイカから作られた透明なガスパチョです。
ナスタチウムがわさびのようにピリリと効き、若々しい食材の青い味わいがアジとトマトの旨味を包み込みます。さらにアボカドや小さなブドウの実の風味が、口の中にポツポツと浮かんでは消え、味覚を休ませる暇がありません。
続いて登場した珊瑚色のやちむんの皿に盛られた魚料理は、まるで楽園の景色。完熟前のサンマルツァーノトマトの凝縮された旨味に、ダリアのわずかにえぐみを帯びた薬味のような風味が寄り添い、クリーミーなソースとドラマチックに調和しています。
エディブルフラワーがもたらす辛味や酸味、苦みと、トマトの酸味・甘み・旨味が織りなす組み合わせの妙に、横山さんがトマト栽培を始められたご縁を感じずにはいられません。
一度この奥深さを知ってしまうと、ネギ、紫蘇、ミョウガ、ショウガといった限られた薬味だけで和食を展開するのは、どこか勿体なく思えてきます。お刺身などの和食にも、エディブルフラワーの風味をまとわせてみても、素敵な一皿になることでしょう。

横山園芸で育てられた白い花ペンタス、青いサンマルツァーノトマト、モロヘイヤ、ワカメ、アジ、ジュンサイ、ナスタチウム、小さなデラウェアの実、アボカドなど・・・。ニンニク、トマト、スイカの透明なガスパチョのスープ。

金目鯛のうろこやき、ドライベルモットのブールブランソース、ハーブオイル、完熟前のサンマルツァーノトマトのソースの上にたっぷりのダリア。
鉛筆画から油彩へ 情熱のメイン
テイスティングが繊細な色鉛筆画だとしたら、前菜、クリームを使った魚料理と少しずつ絵の具を濃くしていき、メインは絵の具チューブをキャンパスに絞り出したような一皿です。
薪オーブンで焼かれた香ばしい肉に、実がなってから完熟するまで2カ月近くを要するというサンマルツァーノトマトの旨味をオーブンでさらに深めたローストが対峙します。トマトと同じナス科のカリブラコアの花と併せると、トマトが原始の姿を取り戻すようです。
ソースは皆さんが見た目から想像する味がモンドリアン・コンポジションだとしたら、バスキアに匹敵するくらいの力強さがあります。
特に唐辛子やシシトウの辛さを力強い味わいとして生かしているところに、ペルーの食文化を学ぶために山奥のゲストハウスに飛び込んだという中村シェフの物語を感じました。

左:和牛のもも肉
右:サンマルツァーノトマトを長時間オーブンで焼いたソテーにカリブラコア。
パプリカ、トマト・唐辛子の赤いソース。黄色いビーツ・サフランの黄色いソース。シシトウと山椒の緑のソース。ブルーベリー・松葉の黒いソース。
ノンアルコール・ペアリングの迷宮
アルコールのペアリングももちろん素晴らしいのですが、今回は筆者はノンアルコールでのペアリングをお願いしました。
幕開けを飾ったのは、花のテイスティングに集中力を与える一杯。甘やかなクロモジと、スパイシーな針葉樹の香りをまとった蒸留水をアッサンブラージュし、爽やかなノンアルコール・ジンとして仕立てられています。
その後も、料理の素材のエッセンスを映し取りながら、スパイスや発酵酢、お茶、ハーブ、味噌、植物乳や甘酒などを縦横無尽に駆使したドリンクが次々と登場。
どれも個性的でありながら料理の相棒として食べ手の舌を心地よくリフレッシュさせてくれる秀逸なペアリングばかりで、お酒を嗜む方にもぜひ一度体験していただきたい内容でした。

ガスパチョの前菜に合わせて提供されたのは、トマトとキウイのエキスに、
青い成熟前のぶどうやはちみつでつくられるベルジュ酢をあわせたドリンク。

・ブールブランソースにあわせて提供された西京味噌、豆乳、オルジェシロップ(ビターアーモンドのシロップ)などが入っているドリンク。
・メインの和牛には、和紅茶・ウーシャンフェン・クローブ・カカオなどをあわせたスパイシーな一杯が提供され、肉の後口をさっぱりさせてくれました。
・アーモンドミルクと甘酒をあわせた抹茶ミルクも筆者は真似したいと思っています。
エディブルどころではない 花のデザート
デザートはココアパウダーのかわりにバーベナやナデシコ、ランタナなどたっぷりの花をふりまいたティラミス。
匙を入れると、中からライチなどさまざまな南国フルーツがでてきますが、花の香りに惑わされ、何が入っているか迷います。花に溺れる一皿です。

花に覆われたマスカルポーネの下には、メレンゲやほうれん草生地の焼き菓子、果物などがぎっしり入っています。

マリーゴールドを添えたプティフールのカヌレまで花の宴が続きました。
エディブルフラワーとは、毒性がないことが品種として確認され、農薬の使用基準など観賞用の花とは異なる「食用としての基準」を満たしたうえで出荷される花のことを指します。
しかし、その語感から「食べ物ではないけれど、食べても大丈夫な飾り」と捉えていた方もいるかもしれません。ぜひ、美しいだけではなく、食材そのものとしての魅力を味わっていただきたいと思います。
花を育てたり、活けたりすることは、私たちの日常にも気軽に取り入れられる喜びです。今回ご紹介した花々は観葉植物として流行の中心にあるわけではないかもしれません。けれど、一輪一輪が異なる色や形を持ち、蕾を膨らませ、咲き、やがて枯れていく姿を見つめる時間は、五感を通じて世界を感じ取る大切さを思い出させてくれます。
流行に左右されることなく、食も花もインテリアも、自分の感性で多様性を楽しむ心を大切にしたいものです。


左:路面店だが心地よい箱の中に入ったような店内は静謐で穏やかな雰囲気。
右:人形劇の舞台のようなカウンターの向こうには薪オーブンが。
そして、ときにはaeruの心鎮める洞窟の中のような空間で、味覚の花園に迷い込んでみてください。

左:可憐な花を育てる太陽のように明るい横山さん。
右:人と人とが逢える場であることと、食材を和えることをかけてaeruを出店した中村シェフ。
注1:観賞用の花の中には食すると毒性のあるものもありますので、食するのは食用のお花にしてください。
注2:取材日は時間の制約のため皿数を通常より少なくしています。通常営業コースの皿数は予約サイト等をご確認ください。
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食農弁護士
桐谷 曜子/YOKO KIRITANI
1977年生まれ。神奈川県川崎市出身。大手法律事務所で弁護士として企業買収、企業法務に従事後、証券会社での勤務で地方創生、海外投資、ベンチャー投資等に深く関与。
その後、2014年から2022年まで農林中央金庫に在籍し、食産業及び農業に関する投資、国内外企業買収、各種リサーチや支援業務に携わる。
自他ともに認める食オタクであり、法務知識のみならず農林水産部門に関する知見を用いて、ベンチャー企業含む事業者や生産者の各種相談対応、新規事業創出支援、資金調達や事業承継支援を行う傍ら、料理で人を繋ぐことで課題解決への貢献を目指している。