私が入省した当時の農林水産省には市民の農業理解の推進を担当する部署はなく、自分に何ができるのか・・・ということを模索していました。
30年以上も前のことですが、当時を振り返りつつ、2025年の東京農業のことを考えてみたいと思います。

TOPイラスト:国立市の農泊ウェブサイト「田園都市TOKYO谷保」より(©NPO法人くにたち農園の会)

都市と農村のギャップを埋めたい!

徳島県藍住町というかつては藍栽培が盛んだった農村に生まれ育ち、片道50分くらいかけて小学校に通っていました。
雨が降ると水たまりに跳ね返る水しぶきで靴下が真っ黒になり、夏になると稲穂が子どもの背を越える程になり、冬はしもやけができました。しかし、道端に生える草で草笛を作って遊びながら帰ったり、ヤギに道すがらとってきた草を食べさせたり、途中にある農家のおばさんが「暑いだろう、トマトでも食べていきな」と言って、真っ赤なトマトをもぎ取らせてくれたりといった思い出もあります。
世界に食料危機が来た時も食いっぱぐれないようにと京都大学農学部に進学したのですが、入学後、すぐのゴールデンウイークに帰省をし、バスで淡路島を通りました。田んぼの景色がバッと目に入ってきた時、涙がじわっとあふれてきたのに驚いて、田んぼが恋しかったんだと実感しました。
あんなに嫌だった登下校の経験が私の原風景となっていたのです。
しかし、私が帰省する度に農地が道路や住宅、スーパーなどに変わり、どんどん景色が変わっていきました。大学の授業で先生が、農地が減り、農家も減り、農業が衰退しているのは農林水産省が悪い、と講義をするのを聞き、農林水産省に入って自分がなんとかしたい、と大それたことを考えて、農林水産省への入省を目指しました。

写真:実家近くの田んぼ(筆者撮影)

都会の中の農的空間

私が就職した頃は、バブル期にあり、農業バッシングが激しく、農地をつぶして宅地などにしようとする圧力が強く、なんとか、都会に住む人たちに農業の大切さを理解してもらいたい、そのために何が必要なのかと必死で考えていました。
自分の経験から、百聞は一見に如かず、農業体験が必要だと考えました。そんな時、公園内に田んぼがある東京港野鳥公園の存在を知りました。
代かき、田植え、稲刈り・わら細工、といったプログラムが実施されていて、田んぼや畑での生き物観察が行われていました。畑ではキャベツや小松菜にモンシロチョウの幼虫がつくのですが、シジュウカラやムクドリが食べにきてくれるので農薬を使わずに自然にやさしい野菜作りができると解説されていました。
この東京港野鳥公園での体験プログラムを知った当時、環境教育の教材にこそ、農業体験を取り入れるべきだと考えていました。こうした体験プログラムの存在は、その後、食育等を担当することになった際にとても参考になりました。
東京港野鳥公園では、今でも「田んぼクラブ」として、種まき、田おこし、代かき・田植え、草とり、稲刈り、脱穀、ふりかえり、と計7回のプログラムを実施しているそうです。

写真上:東京港野鳥公園 田んぼ 写真下:東京港野鳥公園 畑
(転載:東京港野鳥公園websiteより)

「国分寺のまちづくりと農業を考える懇談会」

そんな活動をしていた頃、「国分寺のまちづくりと農業を考える懇談会」にも通っていました。国分寺の住民の方々が都市農業に関する学習をしたり、行政への提言をまとめたりと様々な活動をされていたのです。
懇談会の活動の一つに市民が地域を歩いてまちの農・自然・歴史のスポットを地図に描いていくという取り組みがありました。
自ら歩いてそれぞれのお気に入りのスポットにコメントを書いていき、それをマップとしてまとめるという作業は、まさに地域を見直し、地域の新たな魅力を発見する営みでした。住民を巻き込む大切さを実感しました。

関東農政局勤務で都市農業の底力を知る

1995年頃に勤務した関東農政局では、都市農業の課題として第三者に農地を貸してしまうと生産緑地として認められないという問題に直面しました。
そんな中、練馬区では農家が体験農園を自ら開設し、耕作の主導権を持って経営・管理し、利用者は、入園料・野菜収穫物代金を支払い、園主の指導のもと、種まきや苗の植付けから収穫までを体験するといった取り組みをされていました。
「大泉 風のがっこう」に見学に行かせていただき、小学校の体験の受入れや給食への食材提供、市民が農業に触れ合う機会を作るイベントの開催など様々な取り組みを行うマルチな都市の農家のパワーに圧倒されました。
2018年には「都市農地の貸借の円滑化に関する法律」ができ、生産緑地であっても一定の条件を満たせば農地の貸借ができるようになったことは、さらなる前進だと思いました。

恵泉女学園大学の市民講座への参加

徳島県庁から東京に戻ってきてからは、恵泉女学園大学有機農業実践講座(公開講座)に通い始めました。
教育農場では、農薬や化学肥料を一切使わずに栽培され、 2001年には教育機関として初の有機JAS認証を取得しています。
講座は、「循環」「共生」「多様性」を基本とし、地域資源を活用し、化学肥料や農薬が要らない自然循環機能を活かした有機栽培で野菜を育てるというものです。
この講座を受講して、東京都内でありながら自然豊かで、鳥のなき声がする中での体験がとても気持ちが良く、落ち葉堆肥を作ったり、刈った草を生かす体験をするなどして毎回多くの学びを得ています。
参加者の中には、23区内の公立小学校の教諭として学校や地域で子どもたちと有機野菜を育てたい、デパートの食品売り場でお客様に野菜のことをきちんと説明したい、など目的をもって参加されている様々な方がいます。
同大学は2024年度から学生募集を停止し閉学する予定と聞いており、多くの人の学習の場として教育農場機能が継承されることを期待しています。

写真左:恵泉女学園大学農場 写真右:恵泉女学園大学農場内の落ち葉堆肥
(筆者撮影)

東京農サロンに参加して

野菜をつくるアナウンサー「ベジアナ」の小谷あゆみさんに、東京・赤坂に東京農村というビルがあり、そこで月1回「東京農サロン」という勉強会が開催されていることを教えていただき、都合のつく限り参加させていただいています。
若い方々が農業に多く参入していることや、できた農産物を販売するだけでなく、体験を中心にした農業の新しい方法をとる方がいるなど、東京農業の進化に驚きました。
狭い農地からどれだけの収益があげられるか・・ということに知恵を絞り、創意工夫して農業を営む農家のお話を聞き、毎回感銘を受けています。
昨年6月の「これからの東京農業 女性農業者のホンネ!」では、3人の女性の皆さんが肩に力を入れず苦労を苦労とせずに農業にチャレンジされているお話しに感激しました。皆さんが活用されていると触れられた「とうきょう援農ボランティア」も農家を応援する良い仕組みだと思いました。
市民が農産物を単に消費するのではなく、農業に関わる市民となることで、食材の購買行動にも変化が起きることは全国の農家にとっても好影響をもたらすことになると思います。

東京農業は、市民巻き込み型の最先端のモデルになるのみならず、市民への農業理解を促す接点としての役割も担っていると言えます。
2025年の東京農業のさらなる進化が楽しみでなりません。

農林水産省大臣官房審議官(兼経営局)

勝野 美江/MIE KATSUNO

徳島県出身。1991年に農林水産省に入省。
食育基本法制定時に食育を担当、食事バランスガイドの策定、教育ファームの立ち上げなどに携わる。また、介護食品の普及、途上国の栄養改善の取組を民間事業者とともに取り組むプロジェクト等に携わった後、和食室長を経て 2016 年 から内閣官房東京オリンピック・パラリンピック推進本部事務局にて参事官、2019年から企画・推進統括官として食文化、ホストタウン等を担当。
2021年11月から徳島県副知事、2023年7月より現職。

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新春特別寄稿

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