
遠い夏の夕暮れ、縁側に新聞紙を広げ、はさみでひとつひとつ、さやを切り取っていく。かつては当たり前だった時間から遠のいてどれくらいたったでしょう。
今ではスーパーや居酒屋で一年中冷凍枝豆が手に入り、ハンバーガーチェーン店でも「えだまめコーン」として子どもたちに提供されるほどになりました。
そもそも、なぜ「枝」豆と呼ばれるのかを知らない子どもたちも多いのではないでしょうか。
東京都産のえだまめの旬のおいしさを伝える、「東京クラフトえだまめフェア」
新鮮な枝豆の「旬」のおいしさを伝えるべく、(公財)東京都農林水産振興財団では、令和7年6月30日(月曜日)から7月6日(日曜日)まで、「東京クラフトえだまめフェア」を開催しています。
東京都内の生産者が、「クラフト」=工芸品のように丹精こめて作った枝豆が、新鮮な状態で東京都内の飲食店(5店舗)へ届けられ、特別メニューとして提供されていますので、ぜひこの機会に足を運んでみてください。
えのもとファームでのファームイベント
クラフトえだまめフェアに先立ち、6月28日(土曜日)、東京都練馬区の「えのもとファーム」にて、「東京クラフトえだまめ採れたてファームイベント」が開催されました。
料理家、食育インストラクターの和田明日香さんを招き、枝豆の収穫と試食を楽しむ体験会となりました。

「えのもとファーム」のご紹介
「えのもとファーム」は、練馬区で四代にわたって続く歴史ある農園です。
化学合成農薬や化学肥料の使用を抑えて栽培された農産物が、東京都の「東京都エコ農産物」として認証されており、エダマメをはじめとする複数の品目が登録されています。
また、年間40品目以上の農産物を農園の庭先で販売しているほか、収穫体験も随時行っています。

榎本多良さんが丁寧に枝豆の育て方を教えてくださいます。
つい数日前には大雨が降ったというのに、水はけに恵まれた関東ローム層の土は、ココアパウダーのようにさらさらふわふわとしています。
その土の上にかわいらしい丸い葉を茂らせ、青い匂いも香しい枝豆たちが光っていました。

水はけのよい関東ローム層の土
播種から収穫まで約70日という生育期間を逆算し、榎本さんはイベントに合わせて4月21日に種をまき、手塩にかけて育て、完璧な状態で提供してくださいました。
収穫作業は、6月から10月にかけて続いていきます。
枝豆を知る
大豆を未成熟な状態で収穫し、枝豆として食べる習慣は、平安時代頃からあったといわれています。
江戸時代でも手ごろなスナックフードとして屋台などで親しまれ、都内でも広く生産されてきました。
現代では枝豆として食するために開発された品種は、なんと400種類以上!
甘く癖がなく、口の中で豆乳のような風味を楽しめる「白毛豆(青豆)」、夏の後半に東北産としてよく見かける「茶豆」、そしてお正月の黒豆と同じ品種である「黒豆」の、大きく3つの系統に分類されますが、それらの中間をかけあわせた品種開発も進められています。

えのもとファームで栽培されているのは、品種としては白毛豆に分類されますが、茶豆特有の風味が特徴です。
会場では、青豆、黒豆、そして榎本さんが育てた茶豆風味の豆、それぞれの食べ比べが行われました。
採れたて・茹でたての榎本さんの茶豆風味の枝豆は格別。さわやかに甘く、そして鼻に抜けていく軽やかな茶豆の香りの心地よさ、は最高の味わいでした。また、青豆のやさしい甘みも、黒豆の深いコクも美味でした。

外見では品種を見分けるのは難しそうですが・・

左側が黒豆です。薄皮が少し黒いのがわかりますか?
黒豆は、さやから出すと薄皮がほんのり黒いのですが、見た目だけでは枝豆の品種を見分けるのはなかなか難しそうです。
子どもたちは「どうやったら見分けられるの?」と、積極的に質問していました。
白や黒の乾燥した種豆、小さくかわいらしくも力強い双葉、さわやかで控えめに咲く白い花、根元を持つだけで簡単に収穫できるふかふかの土、枝豆から漂う香り、ゆでたての甘い香りを、参加者たちは、五感で枝豆の魅力をたっぷり楽しみました。

種豆

力強い双葉が愛おしい
根っこにびっしりとついた白い根粒について質問した子どもに、お母さまが答える姿も見られ、親子で学びを共有する微笑ましいひとときもありました。
理科の授業で習っても忘れてしまうかもしれませんが、こうして実物を目にして「何だろう?」と感じた記憶は、きっとこの先も心に残り続けることでしょう。

びっしりとついた白い丸い粒が根粒。ここに付着する根粒菌が、空気中の窒素を植物が利用できるようにしてくれます。
参加者の皆さんが、ご自宅に帰ってから、お土産の枝豆のさやを親子で外し、茹でて、イベントで配られたうちわで扇ぎながらおさらいしたのかと思うと、心から嬉しい気持ちになりました。
なお、枝豆はホームセンターなどで種豆を購入すれば、品種に関係なくプランターでも栽培可能とのことです。榎本さんによると、15〜20cm以上の間隔をあけ、土を深くたっぷりと入れるのが栽培のコツとのこと。水やりを欠かさなければ、きちんと育ってくれると教えてくれました。
枝豆を収穫する
枝豆について学んだあとは、いよいよ収穫体験へ!
最初はおとなしかった子どもたちも、表情がみるみる明るくなり、畑の雰囲気になじんでいきます。

大いに盛り上がりました

抜ける瞬間の気持ちよさがたまりません
枝豆を食す
会場では、和田明日香さんによる枝豆の茹で方のデモンストレーションも行われました。
お肉が苦手なお子さんとお魚が苦手なお子さん、両方を育てる和田さんにとって、枝豆はご家庭で大活躍の食材なのだそうです。
茹で枝豆だけでなく、フライパンにオリーブオイルやごま油をいれ、さやごとの枝豆にみじん切りのニンニクや唐辛子を加えて、塩やナンプラーで味付けする「焼き枝豆」も、食卓やお弁当のおかずとしてよく登場するそうです。
当日は、塩を入れずにお湯で4分茹で、茹で上がった枝豆に塩をふりかけて仕上げる、シンプルでおいしい調理法が紹介されました。

笑みがこぼれます

とれたてのおいしさを実感
お店などでは、塩味がよくしみ込むように、枝豆のさやの両端を切り落としたものが供されることがあります。
家庭では少し手間がかかるため、枝から切り離す際に、片側だけ軽く切り込みを入れておくのもおすすめです。
茹でたての熱いうちに塩をまぶし、余熱で火が入りすぎないよう、そしてきれいな緑色を保つためにも、扇風機やうちわで扇ぐのが大切です。
榎本さんのご家庭では、このとき塩が均一に行き渡るよう、軽く手でもみ込むそうです。調理に使ううちわなどの小道具までもが「夏」を象徴するアイテムなのも、枝豆らしいところです。
鮮度が命、だからこそ東京産、そして枝付き
枝豆は“生きている”野菜です。
呼吸をしており、豆に蓄えた糖分もそのまま置いておくとどんどん消費されてしまうため、新鮮であればあるほど甘くおいしいのです。
トウモロコシと並んで、鮮度が味にもっとも影響する野菜のひとつといえるでしょう。
枝付きであれば、鮮度を保持しやすいのですが、現代では枝豆の収穫、枝むき、選別まで一気にこなせる枝豆コンパインや選別機などの機械化が進み、個人の農家でも枝から外した袋詰めの枝豆を売ることが多くなったとのこと。
袋詰めの枝豆には、ほぼ1粒入りのさやが入っていませんが、それはこの選別のためだそう。お高いのも納得です。
榎本さんによると、枝付きで出荷するためには、枝から葉をていねいに外し、見栄えよく束ね、さらに洗浄するという非常に手間のかかる作業が必要とのこと。
さやを傷つけずにすばやく葉を外すには、まさに職人技が求められます。
まさに“クラフトえだまめ”なのです。

この状態から葉を外して、見覚えのある姿になります
消費者の中には、ゴミが出にくい袋詰めを好む方もいるといわれますが、実際によく売れていくのはやはり枝付きの枝豆だそうです。
美味しい瞬間のためならば、数分間チョキチョキすることを厭うことはありません。
美味しいことは当たり前じゃない
久しぶりに枝豆のさやをはずしながら、どうすれば早く取り漏らしなくさやを外せるか、豆が小さいものを捨てるか拾うのか、実入りが悪いと損したなと思ったり、茶豆が出てくるともう夏休みも後半かとさみしく思ったことを思い出しました。
榎本さんの枝豆は、どのさやにも豆がしっかりと詰まっており、本当にきれいに育てられています。まさに丁寧に「仕上げられた」姿でした。
ガラス器や漆器や織物などの工芸品であれば、特別な価値が付加されたり、文化として保護したりといった議論になりますが、同じくらい手間と工夫を凝らして生産される農産品は、美味しくて当たり前かのように消費され、輸入品や冷凍加工品等との競争にさらされます。
「東京クラフトえだまめフェア」を通じて、枝豆の鮮度がもたらす甘味、さやから立ち上る香りの特別さを多くの参加者に感じていただき、引き続き農園や直売所の訪問なども通じて、東京の生産者を応援していただければと思います。

このささやかな花が豊かに実を結びます
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食農弁護士
桐谷 曜子/YOKO KIRITANI
1977年生まれ。神奈川県川崎市出身。大手法律事務所で弁護士として企業買収、企業法務に従事後、証券会社での勤務で地方創生、海外投資、ベンチャー投資等に深く関与。
その後、2014年から2022年まで農林中央金庫に在籍し、食産業及び農業に関する投資、国内外企業買収、各種リサーチや支援業務に携わる。
自他ともに認める食オタクであり、法務知識のみならず農林水産部門に関する知見を用いて、ベンチャー企業含む事業者や生産者の各種相談対応、新規事業創出支援、資金調達や事業承継支援を行う傍ら、料理で人を繋ぐことで課題解決への貢献を目指している。