奥多摩の山林で主伐に取り組む 塩野文夫さん

安全な作業、それがプロとしての第一のルール

「山の仕事は毎日が真剣勝負だよ。機械化が進んだとはいえ林業の仕事をするには人の力がなくては何もできない。生身の人間が山林に分け入って作業を行うのは、とても怖いことなんだ。切り倒した材木が転がり出したり、重機の扱いを間違えたり、チェーンソーひとつだって気を抜いて扱ったりしたら、大きな事故につながるからね。作業に慣れ、怖さに慣れてしまうことが一番の敵だろうね。」 奥多摩エリアで主に主伐作業を行う塩野産業の専務取締役・塩野文夫さん(54歳)は昼間、なかなか連絡が取れません。なぜなら、塩野さん、作業中には携帯電話に出ないからです。いわゆる「ながらスマホ」は真剣勝負の場には許されません。20数年間、林業の現場に携わってきた塩野さんにとって、これもプロとして自らに課すルールなのです。

多摩産材を守るために重ねる努力

塩野さんの行う「主伐」とは、苗木を植えて新しい森林を育てるために森林の全部(または一部)を伐採すること。これに対して、木々の密度を調節して生育を助けるために一部を伐採することは間伐と呼ばれます。見学させていただいたのは青梅市の吉野街道から車で5分ほど入った森林での作業。この現場はまだ着手したばかりで、取材当日行われていたのは測量作業でした。これから9haという広大な森林を約1年半かけて伐採していきます。 「測量が済んだら図面をにらんで計画を立てる。『どこに集材機を通す道を拓いて、どこから伐採するのが効率的で安全か…』なんてことを考えていると夜も眠れなくなるよ」と塩野さんは苦笑いを浮かべます。眠れないほどに考え抜き、安全への配慮を欠かさない、こうした努力の積み重ねが良質な多摩産材の供給を支えているのです。短くても50~60年という周期で伐採と植林を繰り返し、昔より続いてきた東京の林業。その林業を担っているすべての人々が、同様の努力を昔から重ねているのでしょう。

多摩産材を守るために重ねる努力

切り出された木も生き続ける

「今日はまだ測量だけど、せっかく取材に来たんだから」と、塩野さんともう一人のスタッフが2本の立木を目の前で切り倒して見せてくれました。計算された通りの角度で倒れていく巨木。木が折れる音、そして最後に倒れ込む音は、迫力とともに少しだけ悲しさも帯びています。でもこの巨木たちは今後、家の柱や梁となって生き続けるのです。 塩野さんの父親の代から続く塩野産業は、1度も大きな事故を起こすことなく奥多摩の山々で主伐を行ってきました。「ひとつの仕事が無事に片付くとほっとするよ。主伐を終えた斜面を見た人から『塩野産業、すげえな』なんて言われると次の現場に入る気力が湧いてくるよね。」 お話を聞いた帰り道、JR御嶽駅から多摩川対岸に塩野産業が主伐した山の斜面が見えました。その斜面には新しく植林された背の低い木々が並び、そこだけ薄い緑に変わった色に見えます。その山肌を前にして思わずうなりました。「なるほど塩野さん、すげえな。」

切り出された木も生き続ける

塩野産業専務取締役

塩野 文夫さん/SHIONO Fumio

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