家業を継ぐために経験を積む
祖父母から続く農家で育った網野さんは幼い頃から親の農業をみて漠然と「大変だなぁ」と思っていました。それでも、いつか継ぐことを意識していた網野さんは、一旦は一般企業に就職して社会人経験を積み、その後、公益財団法人 東京都農林水産振興財団にて農作物の栽培管理を行ってから、親の家業を継ぐために生まれ育った東京都立川市に戻って父親の手伝いを始めました。
東京都立川市の網野信一さんは、先代から受け継いだ「あみちゃんファーム」にて、東京でエディブルフラワー(「edible=食べられる」「flower =花」)を生産する農家です。現在は日本エディブルフラワー協会公認農家として、食に彩を添えるだけではない花本来の味にこだわった様々な食用花を生産しています。
今回の東京仕事人では、網野さんがエディブルフラワーを生産するまでと、今後の「東京産エディブルフラワー」の未来についてお伺いしました。
祖父母から続く農家で育った網野さんは幼い頃から親の農業をみて漠然と「大変だなぁ」と思っていました。それでも、いつか継ぐことを意識していた網野さんは、一旦は一般企業に就職して社会人経験を積み、その後、公益財団法人 東京都農林水産振興財団にて農作物の栽培管理を行ってから、親の家業を継ぐために生まれ育った東京都立川市に戻って父親の手伝いを始めました。
「あみちゃんファーム」は祖父母の代から「地元の人達に新鮮な野菜を届けたい」という思いで、食べる人のことを一番に減農薬の美味しい野菜を作り続けていました。
父親の手伝いを始めた網野さんは、父親の農業を見て「父の作る野菜を超える野菜は作れない」と思い、父親とは違う自分ならできる農業がないかと模索した結果、エディブルフラワーと出会ったと言います。
東京都農林水産振興財団で得た知識を活かして、観賞用の切り花を生産していた網野さんは、卸業者から「東京都内でエディブルフラワーを探している飲食店がある」という話を聞き、東京都内にエディブルフラワーの生産者が少ないことを知りました。
「日持ちしないエディブルフラワーを東京で生産できれば、東京の飲食店を相手に勝負ができるのではないか」周りの農家からは「上手くいく訳ない」と冷ややかな目で見られましたが、網野さんは東京産のエディブルフラワーを生産しようと決めたそうです。
それから5年、網野さんは日本エディブルフラワー協会公認農家となり、今ではエディブルフラワーはあみちゃんファームの主力商品となりました。
「お客様の「わぁきれい!」という反応が僕にとっての一番の喜びです。今は飲食店がメインですが、いずれは一般家庭にもエディブルフラワーを届けたいです」と網野さんは話します。
単に食卓の彩を添えるのではなく、味わいがあり、その驚きが家族の会話に花を咲かせる、そんなエディブルフラワーで人々を幸せにできる生産者を網野さんは目指しています。
食材ハンター「エディブルフラワー」のページはこちら
▽https://tokyogrown.jp/special/hunter/detail?id=659662