安田守さん

この道60年、漁師の厳しい表情

朝8時、多摩川河口からボートで乗り出した安田守さんは、手を伸ばして水をすくって口に含み、それから曇り空を見上げます。このあたりは海水と淡水が混ざり合う汽水域。水の塩分や空の色から安田さんは漁に必要なさまざまな情報を得ているのでしょう。陽光と潮風が作り上げた肌、味わい深い皺が浮かぶ横顔、それは気軽に声をかけることなどできない、まさしくプロの表情でした。現在75歳の安田さんが東京湾で漁を始めて60年。父親も祖父もこの地で漁師を生業としていたといいます。「アナゴのはえ縄や筒漁、アサリやシジミ漁、いろんなことをやったよ。漁師としてちゃんと仕事を始めたのは中学を卒業してからだけどね、小学校4年の時にはアナゴ漁の人手が足りねえっていうんで、学校に親が迎えに来たんだよ」と安田さんは笑います。この30年程は主にアサリ・シジミ漁で活躍してきました。

後輩たちに技術や知識を伝授する仕事

漁のスタイルは腰巻き漁(貝巻き漁)。川の中に立ち櫛状に爪の付いた巻きカゴを貝が潜っている4~5cmほどの砂中に入れ、腰に付けた紐で引きながら棒を小刻みに動かして貝を獲ります。アサリは海水域、淡水でも育つシジミは汽水域のやや上流部が漁場です。ボートに乗せていただいたこの日はシジミ漁。漁場に到着すると、太田漁協の仲間たちのボートが5~6隻集まり、すでに漁を始めていました。仲間とはいっても安田さんから見れば親子ほども歳の離れた後輩たちです。彼らは大先輩の安田さんを「マモルさん」と親しみを込めて呼び、世間話やら冗談を飛ばし合いながら巻きカゴを操ります。もちろん後輩たちにとって“マモルさん”とともに漁をすることは貴重な勉強の場でもあるのです。安田さんは川の流れの具合や巻きカゴの目の大きさの選び方などをさりげなく後輩たちにアドバイスします。安田さんにとってはシジミを獲ることよりも、自らが長年培ってきた技術や知識を次の世代に引き継ぐことが本業と言っても過言ではないかもしれません。川底に危険な流木があれば後輩は“マモルさん”に報告します。安田さんは漁の手を止め場所を確認すると、竹の棒を目印に立て、仲間のボートが安全に操業できるよう努めます。

多摩川の天然シジミのうまさを守るために

3時間ほどで規定量を獲り終わり漁は終了となりました。多摩川河口のシジミは100%天然物。自然の貴重な資源や品質を守るために漁獲量は厳しく管理されています。そのため巻きカゴの目を通り抜ける小物は獲りません。休漁期が明けた9月上旬の多摩川のシジミは艶やかに輝いていました。帰りのボートを操りながら、安田さんが驚くほどの柔らかな表情で教えてくれました。「俺も全国あちこちでシジミを食ったけどね。やっぱり多摩川の天然シジミが断然うまいよ。」“マモルさん”に仕事を伝授された後輩たちがいれば、その味はこの先も守られていくはずです。

太田漁業協同組合

安田 守さん/YASUDA Mamoru

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