減り続ける東京の田畑を守るためのモデル農園
東京都の農地は2011年から2021年までの10年でおよそ1190haがなくなりました 。
JR中央線武蔵小金井駅から徒歩5分。東京の農地減少を少しでも抑制し、超高齢社会における農を通じた地域活性化を目指して、東京都のモデル農園「わくわく都民農園小金井」が2022年に誕生しました。
現在、東京都はこの農園にとどまらず、都市農地(生産緑地)を活用した市民参加型農園の開設を促進しています。
相続対策や人手不足により「農地を残したくても残せない」と考える地権者の悩みに対し、都市部の農地を地域住民が良い形で運営できるモデルづくりが求められているためです。
こうした中、市民と連携して農地を活用したいと考える農家などが集まり、「わくわく都民農園小金井」の見学会と、2024年度より始まった東京都の助成事業「生産緑地を活用した体験農園等普及事業」に関する活用支援セミナー・意見交換会が、9月25日(木)に開催されました。
東京都の農地は2011年から2021年までの10年でおよそ1190haがなくなりました 。
これは、千代田区や国分寺市といった自治体の総面積にほぼ匹敵する規模の農地が失われた計算になります。
特に、市街化区域に区分される都市部においては減少率が20%と著しく、都市農地が持つ緑地機能や防災機能の維持は危機的な状況にあります。
農地減少の主な要因として、地権者の代替わりによる相続税の支払いや、農業後継者の不足などが主に挙げられます。
これらの課題に対し、地域を挙げて農地を保全していく一つのモデルとして誕生したのが「わくわく都民農園小金井」です。
中央線沿線のまとまった農地(2,800㎡)について、東京都、(一社)小金井市観光まちおこし協会、生産緑地の所有者、小金井市の4者で協定を締結し、協働で活用しています。
開園から4年目を迎えた「わくわく都民農園小金井」は、単なる貸し農園ではなく、地域の多様な人々が集う「ハブ」となっています。
運営を担う(一社)小金井市観光まちおこし協会は、農業団体ではなく、地域活性化を使命とする団体です。
そのため、企画段階から介護、子育て、商店会活動といった多様な分野の地域課題を、農作業を通じて解決・検討の場として構想されました。
農園の中心的な取り組みである「セミナー農園」は、50歳以上の都民を対象にしており、利用者はセミナー形式の技術指導を受け農作業に取り組める知識・技術の習得目指します。
農具や資材、鍵付きロッカーなどが完備されており、利用者は「手ぶら」で参加できます。 年間66,000円の利用料で最大3年間、地元の若手農家チームから本格的な栽培指導を受けられます。その人気は非常に高く、毎年の募集では倍率が3~4倍に達し、小金井市内だけでなく、北区や新宿区から1時間以上かけて通う利用者も多く見られます。
この農園がもたらした最大の成果は、活発なコミュニティの醸成です。当初は想定されていなかったものの、開設後3年が経過した現在では、利用者同士が自然とLINEグループを作り、講習日以外にも集まって情報交換を行うほか、連れ立って地元の農家へ援農(農業ボランティア)に出かけるようになりました。
農園側も、このコミュニティを「3年間の利用期間で解散させてはもったいない」と考え、新たな仕組みづくりに着手しました。地権者の協力を得て近くに別の農地を確保し、修了生が技術を磨き続けられる場を提供しました。
さらに、東京都の「人材活用事業」として、修了生たちがその経験を活かし、都内各地の体験農園で運営サポーター(講習ボランティア等)として活躍できるマッチング事業もスタートしました。 すでに修了生の中には、市内の農家に300回以上通い詰め、農家の「右腕」として欠かせない存在になっている人も生まれています。
また、様々な世代等を対象に、多様な居場所を提供しています。
園庭のない保育園も多い中、「共菜園」は近隣の保育園3園の子どもたちの貴重な遊びと食育の場として機能しており、収穫物は給食やピザ作りなどに活用されています。
小学生対象の「こども農園」は、自然農法でのびのびと土遊びや虫探しができる「子どもの居場所」として機能し、放課後などの活動の場としても活用されています。
さらに、「福祉農園」においては、就労支援B型事業所が農園管理とカフェ運営を一体的に担い、新規就農者でもある農家が「菜園サポーター」として週1回指導にあたっています。 障がいのある利用者たちはプロの指導で自信をつけ、今では指導がなくても収穫から袋詰め、陳列までをこなす即戦力として活躍しています。
「地域農園」では、町会や商店街に加え、社会福祉協議会や高齢者・ヤングケアラーを支援するNPO法人なども参加し、引きこもりがちな人を畑に誘い出すなど、地域のセーフティネットとしての役割も果たしています。
これらの活動は、事業の開始時から地権者が観光まちおこし協会の理事として参画し、深い理解を示してきたことにより実現しました。
「わくわく都民農園」は、農地を「地域の共通資源」として多角的に活用する、都市農業の新たな可能性を示しています。
東京都は、この小金井のモデルを都内全域の生産緑地に普及させるため、2024年度から「生産緑地を活用した体験農園等普及事業」を開始しました。
この事業は、農地を保全しつつ多世代交流の拠点を整備・運営しようとする事業者に対し、補助金を交付するものです。 具体的には、単年度の「整備費」として補助率1/2・上限1,000万円(事業費ベース2,000万円)、さらに3年間の「運営費」として傾斜的な補助(事業費ベースで上限1,500万円)が交付されます。
都は、本事業により年間およそ3件ずつ、5年後には15箇所程度の新たな交流農園が都内に生まれることを目指しています。
2024年度は2件が採択されました。日野市では、既存の市民農園の一部をリニューアルし、利用者が共同で管理するコミュニティ農園へ転換する事業が採択されました。株式会社アグリメディアでは、「シェア畑 吉祥寺北」(練馬区)を新規開設するにあたり、従来の区画貸しに加えて、地域住民がスポットで参加できる体験機能や交流の場を設ける計画が採択されています。
この事業の1号「南平市民農園」(日野市)と2号「シェア畑 吉祥寺北」(練馬区)
今年度(2025年度)も、NPO法人くにたち農園の会と株式会社夢育ての事業が交付決定されました。
NPO法人くにたち農園の会(国立市)では、既存の水田を活用した取組を多世代交流拠点としてリニューアルする事業が、「ソフト事業のバージョンアップ」として採択されました。
株式会社夢育て(世田谷区)では、障がいのある人たちの認知機能や身体的成長を促す農福連携の拠点として整備する事業が採択されるなど、本事業の活用の幅は着実に広がっています。
NPO法人くにたち農園の会では、水田を多世代が二毛作で活用する計画
当日の事業活用支援セミナー・意見交換会には、この新たな補助金に関心を寄せる地権者や農家も参加し、活発な質疑応答が交わされました。 そこからは、都市農地を維持・活用していく上での具体的な期待と課題が浮き彫りになりました。
開設には地権者と利用者の合意形成が不可欠、課題をあらかじめ認識することが重要
地権者側の期待として、補助金の柔軟性が注目されます。
例えば、トイレや休憩施設を設置する際、農地法や建築基準法上の制約が生じます。これに対し、本補助金では、農地を潰すのではなく、隣接する地権者所有の宅地や駐車場に施設を整備する場合でも、農園と一体の計画として認められる可能性が示されました。
また、「わくわく都民農園」のような大規模な施設整備が前提ではなく、NPO法人くにたち農園の会(国立市)の事例のように、既存の取組を強化するソフト事業(機械購入や人件費)にも活用できる点が評価されました。
トラクターやテント、イベント用の机・椅子といった備品購入も対象となる点は、事業者の初期投資を大幅に軽減する要素となります。
体験農園の開設には備品だけではなく、講習会などを雨天などでも開催できる施設も必要
さらに、都市部で農地活用を進める上で最も現実的な「親族間での活用」についても議論が及びました。
地権者(親)の農地を、その子(や別法人)が借り受けて事業を行う形態は、他者が参入するよりもはるかに合意形成が容易です。
こうした形態においても、事業の実態が伴っていれば支援の対象となりうる可能性は、次世代の農地後継者にとって大きな希望となります。
一方で、地権者側の課題も明確になりました。最大の課題は、やはり「地権者間の合意形成」です。
「市民団体に畑を貸して、地権者に何のメリットがあるのか?」「かえって相続の時に処分しにくくなるのでは?」という根本的な懸念を払拭するのは容易ではありません。
また、補助金で建物を建てた場合、耐用年数に応じた「処分制限」が課され、万一事業が途中で終われば補助金を返還しなければならないリスクもあります。さらに、「地権者自身が運営するのは人的リソースの面で困難だが、信頼できる運営パートナー(NPOなど)をどう確保するか」という悩みも顕在化しています。
この支援事業は、地権者と市民団体が一体となり、農地を「地域資源」として活用する明確なビジョンを共有し、綿密な事業計画を立てることが成功の鍵となります。
まだ始まったばかりの取組で、地権者への周知も十分ではありません。しかし、農地を残したいと願う地権者、特に次世代の担い手たちが、地域住民と共に汗を流す「地域のハブ」としての農園を描くとき、本事業は都市農業の未来を切り拓く強力なツールとなるでしょう。

1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。
30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)




