

採れたての感動体験から東京農業の魅力を広める
東京都世田谷区の住宅街にある畑を舞台に、この夏、農園と居酒屋がコラボレーションした「世田谷枝豆プロジェクト」が開催されました。
企画を手がけたのは、世田谷区桜丘で農園を営む河原正幸さんと、渋谷を中心に60店舗以上の居酒屋を展開する株式会社エヌイーエスです。
世田谷区には約90ヘクタールの農地があり、現在も住宅街の中で約300軒の農家が農業を営んでいます(出典:『世田谷区農業振興計画〔改定版〕令和5年〔2023年〕9月 世田谷区』)。
また、世田谷区内で生産された野菜や果物、花などを総称して「せたがやそだち」と呼び、このブランドを通じて認知度向上と地産地消の推進に取り組んでいます。
しかし、区内の農地は都市部の住宅街に点在しており面積が限られているため、生産量は多くありません。そのため販売は庭先直売所が中心で、広く市場に出回ることはほとんどないのが現状です(出典:世田谷区公式ウェブサイト「せたがやそだち」紹介ページ、『世田谷区農業振興計画〔改定版〕令和5年〔2023年〕9月 世田谷区』)。
一方、エヌイーエス代表の山口義成さんは、飲食店の立場から農業に強い関心を持ち、神奈川県に自ら畑を借りて農作業にも取り組んでいます。さらに、自社の店舗から近い都内の農家と連携し、より密接な関係を築きたいと考えていました。
こうした中、JA世田谷目黒の会長でもある河原さんと山口さんが、三軒茶屋の居酒屋で出会ったことをきっかけに、このプロジェクトが始動しました。

種まきから収穫まで、わずか2か月
4月半ばの種まきからスタートし、6月末には立派な枝豆が実りました。
品種は、甘みが強く、茶豆風味でコクのある「湯あがり娘」です。河原さんの直売所でも評判が高く、販売が始まると同時に行列ができるほどの人気です。




居酒屋スタッフも参加!初めての収穫体験
収穫初日には、各店舗からスタッフ8人が集まりました。
居酒屋といえばビールに枝豆が定番ですが、参加者からは驚きの声が続々と上がりました。
「もっとすぽっと抜けるかと思ったら、結構根が強く張っててびっくりしました」
「世田谷にこんな畑があるなんて知らなかった」
「枝にまで産毛が生えててかわいい」


スタッフが「根っこに付いている丸い粒は何ですか?」と尋ねると、河原さんはこう答えました。
「これは根粒菌と言って、窒素を固定する働きがあります。なので、枝豆の畑は窒素肥料を少なくするんです。」
畑に足を運んで初めて実感できる植物の力や、都市農地の魅力を体験する貴重な機会となりました。
合計1,130株を収穫、23店舗で提供
枝豆は、合計1,130株を収穫。
渋谷、三軒茶屋、恵比寿、新橋、銀座など各店舗からスタッフが6回に分かれて収穫に訪れ、
最終的に23店舗で「世田谷産枝豆」として提供されました。

お店では枝付きのまま茹で、手描きのポップに「せたがやそだち」と記して、採れたての世田谷産をアピール。
来店客からは「甘い」「濃厚」「採れたては全然ちがう!」といった声が寄せられ、おかわりをする人も続出しました。
世田谷区太子堂にある「うさばらし」の厨房スタッフにとっても、葉っぱ付きの枝豆を調理するのは初めての体験。
東京広しといえども、収穫からわずか2~3時間で枝豆を提供できるお店はそう多くありません。
河原さんによれば、「世田谷産の枝豆」が居酒屋メニューに並ぶのは、今回が初めてだそうです。


「せたがやそだち」収穫祭で打ち上げ
プロジェクト第1弾を祝して、「せたがやそだち」収穫祭を開催。
マネージャーの富永さん(中央)、野菜仕入れ・経理担当の松本さん(右)、スタッフ、そしてJA世田谷目黒のチームが一緒になって、採れたて枝豆とビールで乾杯しました。

山口社長(左)はこう語ります。
「メンバーも畑での作業を楽しんでくれました。店舗に近い農地の野菜を使うことで、農と居酒屋の距離を縮めたいと思っています。
そして、店のスタッフにも作業を通して“農の価値”を知ってもらいたいと考えています。」
次回は「大蔵大根」で挑戦

9代続く農家の河原さんは、こう振り返ります。
「ご近所のコミュニティには毎年、枝付きで販売して喜ばれている実感はありましたが、居酒屋にうちの枝豆が並んだのは初めてです。いろいろな意見を頂けて嬉しく、良い刺激になりました。都市農業の理解にもつながるため、今後も続けていきたいと思います。」
次回第2弾は、江戸東京野菜の中でも世田谷特産の「大蔵大根」で取り組む予定です。
【ベジアナの取材後記】
世田谷の農園と街の居酒屋が結びついた、新たな地産地消プロジェクト。
それぞれのメリットを、まとめてみました。
【居酒屋のメリット】
東京・世田谷産の新鮮な野菜をメニューとして提供でき、スタッフの農業体験実習にもなります。
【農家のメリット】
販路拡大、知名度向上に加え、収穫作業の人員確保にもつながります。
さらに、交流や意見交換を通じて新たなやりがいや張り合いが生まれます。
【お客さんのメリット】
希少で新鮮なおいしさに感動できると同時に、世田谷にも畑があり農家が活動しているという新しい発見につながります。
「顔の見える関係」でつながることにより、サステナブルな都市農業の生産と消費の輪が広がります。
都市農業を未来へとつなぐローカルな連携の環。
食べて楽しむことで、私たちもその環の仲間入りができますね。
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野菜を作るアナウンサー「ベジアナ」
小谷 あゆみ/KOTANI AYUMI
世田谷の農業体験農園で野菜をつくるアナウンサー「ベジアナ」としてつくる喜び、農の多様な価値を発信。生産と消費のフェアな関係をめざして取材・講演活動を行う。
介護番組司会17年の経験から、老いを前向きな熟練ととらえ、農を軸に誰もが自分らしさを発揮できる「1億農ライフ」を提唱。
農林水産省/世界農業遺産等専門家会議委員ほか
JA世田谷目黒 畑の力菜園部長
日本農業新聞ほかコラム連載中
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