無人島から始まった母島の農業

昭和19年に太平洋戦争の激化に伴って全島民が強制疎開してから28年後、住民が帰還した時、無人島状態だった小笠原母島は、島全体がジャングルに覆われていたと言います。元の住民や移住者が農業を再開するにあたって、まずは土地の開墾から始めなければなりませんでした。彼ら母島の農業者を支え、現在のような生産が可能となるまで、共に歩んできたのが東京都小笠原支庁産業課営農研修所です。営農研修所の藤本所長を訪ね、どのような役割を担ってきたのかお聞きしました。

営農研修所の役割

「とにかく、我々の仕事は農業を持続可能な産業として定着させることです。生産技術はもちろんのこと、経営、流通に至るまで、様々な面で島の皆さんに協力させていただいています」真っ黒に日焼けして、作業着に身を包みながら「これでも今は一応冬なんで、白い方ですよ」と白い歯をのぞかせます。「また、農家へ巡回指導にお伺いしたり、講習会などを開催しての指導もしています。」農家の相談役として、様々な面で農家の皆さんの悩みをお聞きするのが主な役割と言います。

実証実験栽培

農家にリスクをかけさせないことも彼らの仕事の一つだと言います。「そのリスクの分は我々が担います。例えば、実証展示栽培と言って、こちらで様々な作物を育て、誰でも自由に見学できるよう展示しています。トマトでもいくつかの品種を並べて栽培して、どの品種がこの土地に適しているか、よりいいものができるかなどを比較実験しています。農家の皆さんと情報交換をしながら、どのような生産方法が地域の条件に適した合理的な方法か毎年様々な試作を行ない模索しています」

11年島とともに

藤本さんは東京都の農業改良普及センターの改良普及員として内地で採用されたのち平成7年から4年間母島に赴任しました。「今回は2度目の赴任ですが、平成24年からなので、もう7年目ですね。合計11年この島におります」それでも島のことはまだ分からないことばかりとおっしゃいます。「でも、この島の魅力は内地ではできないものやできない季節の作物が栽培できることですね、それから内地で普通にでる病気が少ないこと。そういった意味ではここは栽培しやすいところです。そのような生産物に対する需要は多いです。もちろん短所もあります。消費地から遠いことがその一つです。ただ、流通方法を工夫することで改善していくことが可能です。一番の問題はマンパワーの点です。魅力ある作物が育つこの土地で、もっと人手があれば、需要に見合った生産が可能になります」

毎日誰かが訪ねてくる営農研修所

お話をお聞きしている途中、農家の方が営農研修所を訪ねてきました。「竹原さーん」藤本さんが呼びかけます。「顔見に来たよ」パッションフルーツやマンゴーやコーヒーを栽培している竹原さんは、島しょ農協の組合長を務めた方だとお聞きしました。コーヒーの生産が軌道に乗り、評判も上々とのことです。「竹原さんのように、毎日誰かがこちらに訪ねて来てくれます。農家の数は多くないですが、皆さん勉強熱心で、様々な新しい事に取り組んでいます。コーヒーもその一つです。そんな農家の皆さんに寄り添い、全力で支えていくのが我々の仕事です」

情熱をもって地道に!

農家と営農研修所の二人三脚、本土から遠く離れた母島で、新たな可能性を模索する人々の暖かな交流から、さらに素晴らしい成果が生まれつつあります。「どんなことでも気軽に相談できる家族的な付き合いをする中で、個人個人の経営だけではなく、小笠原地域全体の農業の底上げをし、さらにレベルアップさせていくために、まだまだ力は及びませんが、情熱をもって地道に活動しております!」

最後に一言

近頃は小笠原に移り住みたい、もしくはUターンで帰ってきたいという人も多くなりました。しかし、いざこちらに定着しようと島へ渡ろうと思っても、色々な不安があるかと思います。そのような人たちの相談相手になれるのが我々だと思っています。「営農研修所の目的はまさしくそこにあります。農家など島の住民、行政機関、民間企業等が三位一体となり、小笠原にもっと人の流れができるような仕組みの一端を担っていきたいと思います。」
「農の夢を話してください、共に学び、共に行動しましょう。営農研修所がお手伝いします。」

藤本 周一さん/FUJIMOTO Shuichi

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