東京をもっと魅力的にする農業者たちの勉強会、「みどり戦略TOKYO農業サロン」。
 今回は、農業の生産性向上に役立つ農業日誌アプリケーションソフトウェア「アグリハブ」について詳しく伺いました。
スマートフォンで簡単に記録を残すことができ、3万7千件ものダウンロード数で、全国の農家から頼りにされている注目のアプリですが、それを作っているのが東京都の農家であるというところがユニークです。
 このアプリで何を実現させたいと考えているのか?
その背景には、都市農家の作業効率に関する課題がありました。

農作業記録アプリ「アグリハブ」を開発した、伊藤彰一さん。

実家を継いだ農家がアプリを作ったわけ

 アグリハブを開発している伊藤彰一さんの「伊藤農園asobibatake」があるのは調布市、京王線仙川駅から徒歩3分ほどの線路沿い。東京農業のなかでもかなり都市的な地域にあります。
主に学校給食用に出荷するための畑と、運営会社に委託した体験農園に大きく分かれています。

(左):学校給食用にサトイモなどを生産 (中):トウモロコシ畑 (右):線路沿いの畑は体験農園となっている

 伊藤さんは理科系の大学を卒業し、その後はソフトウェア開発などにあたっていましたが、2016年に29歳で実家の農業を継ぎます。
就農してすぐにアナログな農業現場の課題にぶつかりました。
「多品目栽培は畑を細かく区切ってパズルのように作付けしていくのですが、その記録やJAへの農薬、肥料など栽培履歴の報告、さらには売上の管理に至るまで複雑すぎてとても覚えきれないと思ったんです。まずは自分自身の作業記録を残すツールが欲しいと思いまして、就農してすぐに開発を始めました。」(伊藤さん)

 手始めに取り掛かったのが農薬の管理です。
農薬は野菜ごとに撒ける農薬が定められており、濃度や収穫までに散布が可能な回数などの細かなルールが定められています。その手引書自体が膨大な量がありとても覚えられるようなものではありません。しかも、栽培記録としてJAや出荷先に提出を求められることもあり、かなりの手間です。
 記録を手書きメモではなくデジタルで残すだけで、散布可能回数や必要な量を教えてくれるようなシステムがあれば便利なのに。さらに、それをデータで出力すれば栽培記録も完成するので、JAにとっても随分と便利なものになるはず。伊藤さんはそう考えました。

農作業しながらでも、簡単に記録を残せる。

 「農薬の管理のためにアプリ開発を始めたのですが、やってみると意外に簡単にできたので、面白くなってきました。なぜ、今までこのような仕組みができていなかったのか不思議なぐらいです。」(伊藤さん)
 さらに、畑の準備から、作付け、収穫、作業時間、売上に至るまで作物ごとに記録できるデジタル農業日誌が、実はこの世に存在しないことがわかってきました。
これは自分が農家だからこそ便利なアプリにできそうだと、毎日、農作業後2時間ほどかけて開発を続け、約1年後にスマートフォンでも使えるアプリとして公開しました。

大規模農業経営も少量多品目の有機農家も、スマートに。

 今までも、農作業を記録できるアプリは数多く出ていますが、なかなか農家目線で使える便利なものがないと伊藤さんは感じていました。
今回の勉強会に参加した農家メンバーも様々なアプリを試してみたものの、やはりアグリハブが一番しっくりくると声を揃えます。
 一番の違いは、ほとんどのアプリが“作業記録を畑の位置情報ごとに残す”のに対し、アグリハブは“作付けの品目ごとに記録を残せる”という点だそうです。

今回参加した農家のほとんどが、アグリハブ利用者でした。

 少量多品目栽培が多い都市農家にとっては、1つの小さな畑で10品目以上育てることも珍しくありません。
さらに、直売などの需要を意識して季節や目的によって品種も替え、作付け時期も1週間ごとにずらすなど細かく栽培するのもよくあることです。
 その際に畑ごとの記録だと煩雑になってしまい、後々その成果をたどることが難しくなります。
作付け品目、品種ごとに記録を残し、使った資材、作業時間、売上まで管理することで、成果の比較も容易になり翌年の改善につながります。

 「多くの農家が年2回ぐらいほど、資材や種の発注をまとめてJAなどにするのですが、昨年の実績を見返す余裕もなく、結果として余計に買いすぎて余らせてしまったり、無駄も多い。これも私自身の経験なのですが(笑)。アグリハブはコストカットでも確実にお役に立ちます。」(伊藤さん)

 化学農薬、化学肥料削減が必要となる「東京都エコ農産物認証制度」とも連携し、基準からの必要削減量についても簡単に表示できるようにされています。
農薬の管理という目的から始まったアプリではありますが、今回の勉強会の参加者には有機農家もいました。農作業記録を残しデータで管理できるということで、農薬以外の部分においても作業管理に欠かせないツールとして、農業経営スタイルを問わず需要を生み出しています。
 作業時間と売上の記録も残っているため、社員やパートを雇用している農業経営者にとっては人員配置や目標作業時間の設定など経営管理にも活用できます。作付けが複雑な都市農家だけではなく、同じ品目を大量に生産する農家にとっても使い勝手のよいアプリとなったため、北は北海道から南は九州・沖縄まで、全国の農家にとって有用なツールとなったのです。
しかも、そこまでの機能がつきながら無料で誰もが使うことができるのです。

日本農業におけるITインフラに、「アグリハブ」を育てたい。

 「自分も農家なのでわかるのですが、有料のアプリだったらそもそも広がらないだろうと思いました。確実に売り上げが伸びるとかコストが削減できるという確信がなければ、なかなか新しいものには手を出さないものです。」(伊藤さん)

 自分にとってベストな道具として開発し、広げていくことで、まだまだ手書きやFAXが一般的な農業界のDX化(デジタル技術を使い、生活や仕事のありかたそのものを変革すること)を図ろうとビジョンを大きく描き、徹底的に便利さを追求し、無料で提供してきました。
 結果として、大きな宣伝もしないながら2018年に立ち上げて1年間で3千件ほどのダウンロード数に。地道に機能を改善しながら30、40代の農業者を中心に右肩上がりで利用者を増やし現在の3万7千ダウンロードにまでたどり着きました。
現在では全国約10カ所のJAや自治体とも契約し、機能をさらに拡充した有料版に切り替える人も増えてきています。
 また、東京都農林総合研究センターとの共同研究により機能の一部拡充を図った同アプリは、都庁内のデジタルを活用した実践の取り組みを表彰する「都庁DXアワード」において選定され表彰されました。

 「利用者からも、いろんな意見が届きます。改善できるところは、なるべく早く改善していますね。自分で開発してすべてを把握できているので、人に頼むよりも集中してササっと変えたほうが確実で早いんです。自分のプラモデルで遊んでいるような感覚で、より良いものにしていけるとそれ自体が楽しいんです。」(伊藤さん)

 令和5年農業構造動態調査(農林水産省)によると、日本における農業経営体の数は93万件で年々減少傾向です。
3万7千件の経営体が使っているとすると、すでに4%ほどにあたるのでかなりの普及率です。しかし、伊藤さんはさらに30万ダウンロードを目指したいといいます。
 「農業って、ただでさえ手間も時間もかかる仕事なのですが、事務仕事も結構あります。農家の多くが共通して使っているITインフラのようなものがあれば、現場に余裕ができるだけでなく、日本農業のデータの精度は大幅に上がり、生産性も全体的に上がるはずです。短期的にアプリを作って副業的に稼ぎたいというよりは、アグリハブを日本の農業のインフラとなるように育てたいんです。」(伊藤さん)

 しかし、そこまで力を入れていて本業の農業の方の時間は取れているのでしょうか?
 「あくまでも本業は農業だと思っていますよ(笑)。0歳児の子どももいるので、農業、子育て、アグリハブの3本立てですが、だからこそ効率的に時間を使えるツールが必要なんです。」(伊藤さん)

 「伊藤農園asobibatake」では、夏休み中にミニトマト狩りをはじめ、野菜の量り売りをするなど営農においてもユニークな取り組みをしています。asobibatake(遊び畑)の名の通り創意工夫が畑にもアプリにもあふれています。
 日本農業のデジタル化を大きく進めるツールとして「どうやってアグリハブを広げていけばいいのか?」参加した農業者からも多くのアイデアが出て、話が尽きることはありませんでした。

㈱農天気 代表取締役  NPO法人くにたち農園の会 前理事長

小野 淳/ONO ATUSHI

1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演 
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)

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『みどり戦略 TOKYO農業サロン』

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