東京都あきる野市、JR武蔵五日市駅から徒歩15分ほどの小さな農園「M・Farm」。
代表の宮下豊彦さんは、視野に障がいがあり車を使えないなか、毎日電車で往復3時間の電車通勤。
それでも“おいしいトマトを作りたい”という思いが、甘くてやわらかいミニトマトを育てました。

9年前に保険業から農業へ転身し、農業未経験から始めた挑戦の裏には、東京都農林水産振興財団の「チャレンジ農業支援事業」の後押しと、あきらめない姿勢がありました。
決して簡単な道ではありませんでしたが、現在は年間を通して高品質なミニトマトを栽培しています。

感動の味、「プチぷよ」との出会い

「初めて食べたとき、あまりの美味しさにびっくりして。これはもう、自分でも育ててみたいと思ったんです。」

そう語る宮下さんが選んだのは「プチぷよ」という品種。
果皮が非常に薄く、ぷるんとした口当たりが特徴で、糖度は高いもので13〜14%にも達します。ジューシーで甘みが強く、まるでフルーツのような味わい。皮が口に残りにくく、トマトが苦手な人でも食べやすいという声も多いミニトマトです。

「プチぷよ」は一般流通が少なく、その希少性も魅力のひとつ。M・Farmでは、丁寧に育てたトマトをハウスで完熟させてから収穫し、鮮度の高い状態で販売しています。

日射比例式かん水システムを使った培地栽培

M・Farmでは、日射比例式かん水システムを導入し、「日射かん水」「最大かん水」「手動かん水」「水分センサーによるかん水」など、複数の方式を組み合わせたかん水管理を行っています。

日射量の変化に応じて自動でかん水量を調整することで、作業の省力化と効率的な水管理を実現しています。

“チャレンジ農業支援センター”が、ゼロからの一歩を支えてくれた

宮下さんが新規就農を決めたとき、最初に頼ったのが東京都農林水産振興財団の「チャレンジ農業支援事業」でした。

この制度は、農業に新しく挑戦する人たちが、持続可能な経営を実現するために必要な支援を同財団から受けられるものです。専門的な指導や経営の相談だけでなく、販促ツールの制作など、実践的なサポートが受けられます。

「チャレンジ農業支援がなければ、特に販売促進ツールの制作は、自分だけでは難しかったと思います。」

宮下さんの場合は、経営の方向性を相談できただけでなく、ブランディングや販売促進の面でも力を貸してもらいました。
特に販売促進支援として制作されたロゴとキャラクターは、のぼり旗やシール、段ボールなどに展開され、農園の“顔”として活躍しています。

キャラクター「サヒメちゃん」に込めた想い

農園のシンボルとして活躍しているのが、オリジナルキャラクターの「サヒメちゃん」。
名前の由来は、日本神話に登場する食の女神・オオゲツヒメの末娘「挟姫(サヒメ)」から取ったものです。

「最初は“月の雫”とか、トマトに関係ない名前を考えてたんです。でも、チャレンジ農業支援センターの担当者と話して“もっと伝わりやすくしよう”ってことでサヒメちゃんになりました。」

キービジュアルとして、SNSや直売所のPRに活用されるなど、高い汎用性を発揮しています。

販売方法も、自分に合ったスタイルで

視野障害という事情から、都内のマルシェへの出店や自らの配達は難しく、宮下さんは「取りに来てくれる方に限定して販売する」という方法を選んでいます。

「遠い場所まで届けたくても、自分の足では限界がある。だからこそ、来てくれる人に最高のものを渡したいと思っています。」

農園は決してアクセスが良い場所ではないものの、口コミやリピーターの力でファンが増え、時には一度に
20皿以上を購入していく人も。
SNSやQRコード付きの販促物を通じて、徐々に“本当に欲しい人に届く”仕組みができつつあります。

一粒に込めた想いを、あなたの食卓へ

農地のすぐそばには秋川が流れ、春になるとビニールハウス前の田んぼにはカルガモが姿を現します。
季節の移ろいを感じながら働けるこの場所に、宮下さんは深い愛着を持っています。

M・Farmのビニールハウスは、秋川の河川敷そばにある

宮下さんの育てる「プチぷよ」は、ただ甘くて美味しいだけではありません。そこには、視野障害と向き合いながらも、自分にできる方法で農業を続けるという強い意志があります。
都市部から少し離れた小さな農園で、静かに、でも確かな情熱を持って育てられたトマト。

その一粒一粒に込められた想いを、ぜひ一度味わってみてください。

一般社団法人MURA理事

山内 翠/MIDORI YAMAUCHI

2000年生まれ。赤坂生まれ育ち。赤坂のまちで生きる人々の意思や美しさを伝えるために、場を開いたり、文章を綴るなどして活動。
2024年より赤坂見附に位置する“東京農村”を運営する、一般社団法人MURA理事に。企画・運営を担当。

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生産者を訪ねて

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