コロナ禍で人気が増した農体験

この年末年始、私が運営しているコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」には大勢の人たちが遊びに来てくれました。
採れる野菜もだんだんと少なくなる時期ですが、焚火を使った焼き芋や、田舎鍋での芋煮、そして田んぼで獲れたもち米を使っての餅つきなどは親子を中心に特に人気で、コロナ禍にあってむしろ需要がのびました。
子どもたちが火を起こして調理をしたり、大きな声をだして走り回れる環境がどんどん少なくなっている今、街中の農地が新たな子育てや体験の場として活用されることがもっと当たり前になっていってほしいところです。

デジタル田園都市と渋沢栄一

「国立市をモデルにした田園都市のイメージ画(田園都市TOKYO谷保ページより:https://tokyo-yabo.com/)」

さて、「デジタル田園都市」という国家構想が岸田政権の目玉となっています。
「田園都市」という言葉の誕生は古く1898年にイギリスのE.ハワードという人が、悪化する都市環境から離れて農地に囲まれた郊外都市づくりを提起し実現させたことにさかのぼります。 それに影響を受けて「田園都市株式会社」を設立したのが近年1万円札や大河ドラマで再注目されている渋沢栄一です。田園都市株式会社は現在の田園調布を開発し、鉄道を伸ばし沿線開発をするという現在まで続く日本の都市づくりの原型となりました。
新政権のコンセプトに「田園都市」というキーワードを持ってきたのも渋沢栄一による都市づくり構想を意識してのことでしょう。

しかし、残念なことに田園都市といういかにも農村と都市が融合したイメージの言葉でありながら実際に「デジタル田園都市」の中身をみてみるとあくまでも都市と地方の連携というようなニュアンスであって、農的な要素は希薄です。
もともとハワードが提唱した田園都市とは自然資源や食料生産の拠点が住宅や仕事場の近くにあって地域自給が可能な街を想定していました。しかし実際にはこの100年で都市と農村はそれぞれ消費地、生産地という役割分担をより強化して、都市住民が農的なものと直接関わる機会はどんどん失われてきました。
東京の食料自給率はわずか1%(平成30年度カロリーベース)。それでも、私は東京の農業や農的な空間には大きな強みがあると思っています。 

世界で注目されるアーバンファーミング(都市農業)

2019年、練馬区で開かれた「世界都市農業サミット」において世界の大都市から参集した有識者が登壇しアーバンファーミング、都市農業についての事例が報告されました。
私自身もサミットに合わせて来日した皆さんと国分寺市の農地を見学しながら意見交換をする機会がありました。
住宅と農地がまざりあって地域が形成され、農家の庭先に小さな直売所がある風景などは特に皆さん驚きをもって受け止めており「ニューヨークではローカルフードといっても街中から150km以上郊外に行かなければ生産地がない」というコメントもありました。
150㎞というと東京からすると群馬や静岡のものをローカルフードと呼んでいるようなものです。
ニューヨークではそんな現状もあってビル屋上や空地を農的な空間にするコミュニティ農園、あるいはLEDを使った屋内農業が注目されているそうです。

そういったことを考えてみると、東京には意外に農地が残されています。
今年2022年には農地の減少を食い止めてきた生産緑地制度が区切りを迎え大量の農地が宅地化されるのでは?という懸念もありましたが、実際には新たな仕組みの中で多くの農地が維持される見込みです。
現在も東京23区のうち11区には江戸時代から続く農家が営農する農地が残されており、多摩地域ともなれば山林を除く全体の10%ほどの面積が農地です。
私が思うにまだまだ東京はこの残された農地の価値を活かしきれていません。その潜在能力を発揮すればまさに食、職、住が接近した本来の意味での「田園都市、東京」が実現するのではないでしょうか。

「田園都市TOKYO」の農ライフスタイル

新年ですので私が考える「田園都市TOKYO」のイメージを膨らませてみます。
まずはライフスタイルから。
デジタル田園都市の中でもテレワークは重要な要素として打ち出されていますので、毎日都心に向かうというような働き方は徐々に縮小、朝起きたら向かうのは駅ではなく、むしろ駅とは反対方向に自転車で10分ほどのところにある空き家をリフォームしたコワーキングスペース。
そこには併設されたコミュニティ農園があって農家が管理人となって四季折々50品目、200品種ほどの野菜が育てられています。
できれば田園がほしいのでちょっとした水田をつくり(地下水をあげる井戸を作っておけば災害時等の拠点にもなります)水稲はもちろんのこと裏作では小麦を育てています。これらは収穫祭で新米を食べたり、小麦を挽いてパンやピザづくりもできるようになっています。鶏舎もあって野菜くずなどをエサに「東京うこっけい」たちがおいしい卵を産んでくれます。
仕事の合間ですこし農作業をしたり、多種多様なハーブを摘み取ってお湯をかけるだけの香り豊かなハーブティーも飲み放題です。夏場などはちょっとトマトやキュウリをつまみ食いするのもOK。夕方になってくると料理好きの人たちはシェアキッチンを使って夕食の準備を始め、いい匂いが漂っています。単身者であればみんなでそのまま夕食、家で家族と食べる人は収穫して持って帰るのも自由。これらはすべてサブスクリプションでコワーキングスペースの費用に含まれています。
農園でのBBQもしばしば開催され、新鮮な野菜だけではなく肉、魚介も産直ECなどで生産者から直接届いています。

コミュニティ農園はそもそも農地でなければならないということもありません。
人口減のこれからは空き家も空地も増えていくでしょうから、そうした場所をコミュニティ農園として活用すれば地主にメリットがあるような仕組みをつくります。マイカー移動が減れば駐車場も減るので、そのアスファルトをはがせばコミュニティ農園の出来上がりです。
新規就農希望者は農地を借りずとも農園の管理人として生計を立てることも可能、もちろん副業とすることもできます。料理上手であればさらに引っ張りだこ、むしろ元料理人ファーマーが所属しているコワーキングスペースほど人気となるかもしれません・・・

どうでしょうか?ちなみに上記の暮らしは、実際の私のライフスタイルとそんなに変わりません。特に多摩地域であれば本気で始めようと思えば多くの投資もいらず、ちょっと本気で野菜づくりに取り組めば実現できることです。
これから私たちはどんな街に住んで、どんな働き方、生き方をしていくのか?
私が思うに、東京は農的な暮らしを実現させたいと思ったときにもいろんな選択肢がある、とても恵まれた環境にあります。
東京ならではの農ライフを楽しむ人たちが増えていけば、世界に対してももっと誇れる田園都市としての東京の姿が見えてくるような気がします。

㈱農天気 代表取締役  NPO法人くにたち農園の会 理事長

小野 淳/ONO ATSUSHI

1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演 
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)

▼(株)農天気  http://www.nou-tenki.com/
▼ NPO法人くにたち農園の会  https://hatakenbo.org/kunitachinouen

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