この10年ほど、父の故郷の島根県の山村と東京を行き来する生活を送っています。
島根は、「過疎」という言葉が生まれた人口減少・高齢化の先進地。我が家も祖父の代から、夏は田畑を耕し、冬は広島で過ごすという生活に移行し、家と棚田と山は荒れるがまま。
それが残念で、空き家の掃除から始めて、屋敷まわりの草刈り、さらに田んぼに手を出し、沼にはまっています。

(TOPイラスト)国立市の農泊ウェブサイト「田園都市TOKYO谷保」より ©NPO法人くにたち農園の会

農的関係資本(島根県邑智郡邑南町市木のケース)

 村は高齢化が進んでいますが、悲壮感はありません。田の耕作者の年齢を調べたら、90歳超えは当たり前。中山間農地が対象の国の交付金の会計書類は、80歳のおじいさんがエクセルを駆使して作っています。ボケ防止と言って、冬の間だけお好み焼き屋を開くおばあさんもいます。隣家の担い手農家は、点在する田を軽トラで回り、刈った草を牛舎に運ぶ毎日。奥さんから「半径500mで幸せに生きていける人」とからかわれています。田舎の生活は、家のこと、田畑のこと、地域のこと、やることだらけで、皆忙しそうです。

 「15分都市」という言葉があります。自動車に依存せず、生活利便施設に徒歩や自転車で行けるサステナブルな都市を作ろうというもの。スーパーまで峠越えで20分かかる我が「500mヴィレッジ」は、完全にこの圏外です。農業も暮らしも石油がなければ成り立ちません。しかし、どちらがサステナブルかは一概には言えません。
500mヴィレッジは豊かな自然資本を利用した農の営みと、そこにかかわる多世代の人々による、いわば「農的関係資本」によって成り立っているように思うからです。

島根県邑智郡邑南町市木の田園風景

再び、グリーンベルト構想実現へ。

 村からの帰りの飛行機が羽田に着陸するとき、昔教わった話を思い出します。バブル崩壊後、東京湾岸をグリーンベルトにする構想があったそうです。
日本は工業国からサービス産業の国に変わった。もはや工業用地はいらない。埋立地に住宅を建てると、地震で液状化のおそれがある。ならば農業地帯にしたら、どうだろう。工場跡地には土壌浄化用のエネルギー作物を植え、食とエネルギーを自給する。「なによりも、飛行機でやってきた外国人が、海と緑に覆われた東京の町を見て、なんと言うか、楽しみじゃないか?」。

 1994年に世界の18%を占めていた日本のGDPは、今や4%にまで低下しています。一方、アニメ等が世界の評価を浴び、インバウンド全盛の今こそ、グリーンベルト構想は現実味を増しているように思います。
東京でも、空き家や空き地が増加していきます。グリーンベルトの第一歩として、町中にゲリラ的に農地を作っていくことはできないでしょうか?

都市農地の価値

 都市が発展する時代には、都市と農村の間には政策的に境界線が引かれ、都市の農地は宅地化すべきものとされてきました。
その常識が大きく転換したのが、都市農業振興基本計画(2016年)で掲げられた、「都市に農地はあるべきもの」という考えであったと思います。今では、多面的機能、生物多様性、グリーンインフラなど、さまざまな文脈から、都市農地の価値が語られるようになっています。
今こそ、都市農地の価値を理念としてだけではなく、目に見える形で広げていくときではないでしょうか。

 その中で、私が興味を持っているのが、市民農園をめぐる二つの動きです。一つは、非農地を活用した農園が出現していること、もう一つは、それらの運営に住民、民間やNPOなどの多様な主体がかかわっていることです。例えば、農地がほぼ消滅した都心周辺で、駐車場や住宅、ビルの跡地が民間の農園になっています。
世田谷区では区有地をNPOが借りて、古くからの居住者やタワーマンションの家族世帯が耕作しています。神戸市では火災の危険の高い木造住宅密集地の空き地が農園になっています。

(写真上)東急田園都市線二子玉川駅近くでNPOが運営する農園タマリバタケ(世田谷区)[写真提供:NPO法人neomura]
(写真下)石造りの旧宮塚町住宅のリニューアルにあわせて設置された農園(兵庫県芦屋市)

 従来の市民農園は、都市に残された農地を行政が整備し、決められた区画を利用者が耕す、語弊を恐れずに言えば、公営賃貸住宅のような形でした。これに対し、新たな農園は、参加者が自然に集まり、緩やかな交流を楽しむ街角農園のようなもので、農地という縛りからも解放されているのです。

 プレイスメイキングというまちづくりの手法が注目されています。街角や公園に誰もが過ごせる滞留空間を作る。人々は何かの活動への参加を求められるのではなく、それぞれの過ごし方を楽しむ。そのようなプレイスとして、街角農園は最適であるように思います。野菜を収穫する家族連れもいれば、それを眺めているだけの散歩中のお年寄りがいてもいいのです。

(写真上)小田急線座間駅近くの団地に整備された農園(神奈川県座間市)
(写真下)東京都小金井市の民間市民農園(東京都小金井市)

都市に農地を創る

 非農地を農地に「逆転用」する政策は既に始まっています。
東京都では、非農地を農地転換する際のハード費用を補助する制度を導入し、生産緑地を拡大しています。農地を宅地に転用するには法規制を受けますが、逆転用には規制はありません。
生産緑地指定すれば農地は長期的に保全され、農家は固定資産税軽減のメリットを受けられます。これまで、都市農家は、税金の支払いのために農地を少しずつ駐車場やアパートに転用しながら、農地を守ってきました。しかし、高齢者の免許返納やカーシェアが進めば駐車場は余剰となるでしょうし、アパートも建て替えの時期を迎えます。
 ならば、農地に逆転用し、街角農園にするという選択肢も考えられるのではないでしょうか。

(写真上)京成高砂駅近くの住宅地に整備された民間市民農園(葛飾区)
(写真下)東急大井町線雪谷大塚駅前に整備された民間市民農園(大田区)

 東京都の政策を受け、農林水産省では、国土交通省と連携し、逆転用のモデル事業を2023年度から開始しています。一言で逆転用と言っても、その実現のためには、体制づくりや事業性の検討、農政部局、都市政策部局、税務部局など行政各部局の相互理解が欠かせません。
そこで、この事業では、農地創設に向けた地域の話し合いの場の設置と実証を行い、そこで得られた知見を他地域に広げるためのソフト経費を支援する内容としています。

 都市に農地を創っていく上で大切なのは、農地があれば都市が豊かになるのではなく、多様な人がかかわる農的関係資本が形成されて初めて、豊かになるという点だと思います。
 高齢化が進む島根の山村が元気なのも、単に自然が豊かだからではなく、年を取ってもかかわれる農的関係資本があるからだと思うのです。

(写真)二子玉川駅近くでNPOが運営する農園タマリバタケ(世田谷区)[写真提供:NPO法人neomura]

 ロンドンには、アーバン・ワイン・カンパニーという会社があるそうです。イギリスはブドウを育てるには寒いですが、ロンドンの街中はヒートアイランド現象で暖かい。そこで市民がベランダで、庭でブドウを育て、地下鉄で、自転車で持ち寄り、それをワインにして味わう。
 もちろん、できるワインはわずかでしょう。ですが、都市の中に小さな農を取り込み、500mの範囲で豊かに暮らせるプレイスができるならば、都市が農村に追いつける日が来るのではないかと思うのです。

一般社団法人 持続可能な地域社会総合研究所 研究部長

新田 直人/NAOTO NITTA

1972年千葉県生まれ。1996年農林水産省入省。国土交通省半島振興室、水産庁企画課(離島漁業振興)、岡山県真庭市役所などで地域振興業務に従事、ライフワークとして地域振興に取り組む。2021年から農林水産省農村振興局都市農業室長。都市農地創設の事業を立ち上げ。
2023年からは(一社)持続可能な地域社会総合研究所(藤山浩所長)に出向し、全国の中山間地域・離島の集落の支援に取り組んでいる。

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