都市農業が持つ価値

朝日が地面を照らし、キラキラと輝く霜柱に脚を伸ばして、サクサクとした感触を楽しみながら畝に向かって進む。目一杯拡げた葉の並びを見定め、ひときわ背の高いところを手がかりに、葉の下をのぞき込む。土から出た首は十分太く、青い。茎の付け根を右手でつかみ、左手で首を支えるように握りながら、腰を入れて引き抜く。立派なダイコンが採れた。
収穫した数本を一輪車に乗せ、水場に運ぶ。一本ずつ丁寧に泥を落とすと白い肌が現れる。いかにもみずみずしい。タオルで水を拭き取り、取れかけた葉を落とし、かごに並べてクルマに積み、他の野菜と一緒に販売先まで運ぶ。テーブルいっぱいに並んだ野菜は、まさに新鮮そのもの。
お客さんも、刺さるようにパンパンに張ったダイコンの葉に驚く。さっき私が抜いてきましたと、やや誇らしげに伝えると興味深げに、畑はどこにあるのか、葉はどうやって食べるのがよいのかなどと聞かれて会話が弾む。

(TOPイラスト)国立市の農泊ウェブサイト「田園都市TOKYO谷保」より ©NPO法人くにたち農園の会

以上は、筆者が経験した最近の様子です。3年ほど前から、ほぼ毎週土曜日の午前中畑に出て、仲間と一緒に作業を行い、収穫した野菜を販売しています。そこから感じるのは、農地が身近にあることのありがたさと、野菜を通じた人とのコミュニケーションの楽しさ、そしてその一連の取り組みが、地域社会の役に立っているという実感です。
野菜を栽培し、それを販売することで、地域の方に新鮮な作物を届けるだけでなく、それを喜んでくれる人との交流を生み、街角にちょっとした賑わいの光景を作り出す。そのような営みが、都市農業が持つ1つの価値だと思います。

(写真)NPO法人武蔵野農業ふれあい村が運営する「むさしのふれあいファーム」で収穫した野菜を、毎週土曜日、「公苑前のオフィス」の軒先をお借りして販売している。

販売を通じて感じるやりがい

農作業に携わることになったきっかけは、筆者が理事を務める、「NPO法人武蔵野農業ふれあい村」が、2020年に生産緑地を借りて生産を始めたことでした。
このNPOは、主に武蔵野市と杉並区の農業公園で行われる農業体験教室の運営を行ってきました。その活動は2008年からと実績豊富で、そこで育った野菜作り愛好家が数多くいます。卒業生が研修を受けて指導員となる制度も設けており、しっかりと技術を身につけた人材を排出するまでに至っています。ですが、農地で本格的に生産することは初めてのことでした。
このとき、代表理事から生産緑地でミニトマトのハウス栽培を行い、販売したいという方針が告げられました。畑にハウスが数棟あり、併設された直売所も使用できることから、チャレンジしたいということでした。筆者はこれに大いに賛同しました。なぜなら、生産緑地で生産するからには、販売も不可欠だと捉えていたからです。
生産緑地という農地で生産する以上、都市農業を営む者として、都市農業の振興に努めることが求められます。都市農業の振興は、「都市農業振興基本法」の基本理念にあるように、その生産活動を通じて、都市住民に地元産の新鮮な農産物を供給する機能のみならず、都市農業が有する多様な機能が十分に発揮されるように行われなければなりません。
生産は栽培指導を通じて行ってきました。その技術も身につけています。多様な機能の発揮についても、体験教室を通じて農業を学習する機会、人々が交流する機会を創出してきました。しかし生産した新鮮な野菜を、販売を通じて住民に届けるところは未経験です。未経験ながらそれを行うことは、必要なチャレンジに思われたのです。

写真)ハウス栽培と販売を指導してくれた川名桂さん(右から3人目)と、むさしのふれあいファームのメンバー。

NPOはハウス栽培の経験もなく、指導者が必要だというので、思い切って日野市内で生産緑地を貸借して新規就農した川名桂さんに、販売も含めてその指導を依頼しました。ありがたいことに、川名さん自身もミニトマトのハウス栽培に本格的に着手する準備をしていた時期で、それまでの期間であればということで、週2回の指導を引き受けてくれました。
こうして2020年の春からミニトマト栽培に着手し、夏には収穫して販売を開始することができました。依頼した手前、筆者も川名さんの指導日には畑に顔を出すようにしていましたが、途中からなんとなく作業を手伝うようになりました。特に収穫が本格化すると、販売に出すまで何人いても手が足りないくらいで、他の農作業ができない筆者は、必然的にそのプロセスと販売するまでを担当することになりました。
販売してみると、これが楽しい。お客さんとのコミュニケーション自体が面白いのに加えて、自分たちが作ったものを喜んで買ってくれるという、その肯定感が、ある種のやりがいを感じさせてくれたのです。

多くの都市住民が都市農業を支持する理由

こうして、筆者のボランティアによる農作業と販売活動が始まったのですが、この経験は得がたいものとなりました。このとき初めて、冒頭紹介したような実感を得ることができたのです。特に、農地が身近にあることのありがたさを、理屈ではなく、本質的なところで理解できた気がしました。
農林水産省が都市住民を対象に行ったアンケート調査では、全体の7割もの人が、都市の農業、都市に農地があることを支持しています。今やこれほど多くの人が都市農業に感心を寄せているのですが、どのような理由で支持するのか、それまでよく分かりませんでした。7割もの人が支持しているのですから、野菜作りが趣味の人ばかりではないはずです。
それが、初めてかごいっぱいに収穫したミニトマトを眺めたときに分かった気がしたのです。その瞬間、何とも言えない豊かな気持ちが沸き起こりました。たくさんの艶やかなルビー色の実は、それが食するものであること、自然が時間を掛けて育んだものであること、それに携わる人とその環境がここにあることを一気に伝えてくれました。それは満たされた安心感にも似た感情です。
そして、多くの人が都市農業を支持する理由もそこにあるのではないかと感じたのです。自分や自分の大切な人が口にするものを育む環境が身近にあり、それに携わる人がいることです。そこから感じる安心感に似た感情を多くの人も受け取っているのではないかと思うのです。

(写真)筆者が収穫したミニトマト

都市農業者と都市住民の多様な接点をつくること

このときから、改めて、販売を通じて市民と接点を持つことが重要だと思うようになりました。我々NPOだけでなく、生産に携わる立場であれば、販売に限らず、もちろん体験やSNSでの発信でも、接点をつくることにつながるなら取り組んだ方がよいと思います。
それは当初考えていた、「都市農業振興基本法」の基本理念といった理屈とは関係なく、もっとシンプルに、都市農業に共感する者同士交流することが楽しいからです。
生産者と消費者という立場の違いを超えて交流することで、お互いの理解を深めることになり、さらにその関係を拡げていくことにつながるでしょう。そうやって都市に農がある環境を都市農業者と都市住民が同じ思いで大切にする。そんな関係を築くことができれば、今後どのような社会経済環境の変化があったとしても、都市に農地があることへの揺るぎない支持を得ることができるのではないかとさえ思うのです。
2023年は、そのような東京農業に向けて本格的に取り組む年にしたいと本気で考えています。

(写真)むさしのふれあいファームでの作業の様子(写真はすべて筆者撮影)

株式会社ニッセイ基礎研究所 社会研究部 都市政策調査室長

塩澤 誠一郎/SEIICHIRO SHIOZAWA

2004年より同社勤務。研究・専門分野:都市・地域計画、土地・住宅政策、都市農地とまちづくり、文化施設開発。技術士(建設部門、都市及び地方計画)。
「都市農業を支持するファン層は、今やマジョリティ~2022年以降の都市農地のゆくえ1~」(2022年11月研究員の眼)他、生産緑地に関する執筆多数。
NPO法人武蔵野農業ふれあい村理事。武蔵野市在住。

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