板橋区蓮根の住宅街の中に現れるみどり豊かな畑。広さおよそ3反(約3,000㎡)の有機栽培の畑「THE HASUNE FARM」の農地です。
都心の住宅地に囲まれながら、環境に優しい農業に取り組む農業主の冨永悠さんを訪ね、都市農地ならではの魅力が詰まった直売所へのこだわり、そして環境課題にアプローチする生ゴミ堆肥づくりについてお話を伺いました。

地域社会との緩やかなつながり

「最近、都市部でも‘’緑‘’を求めている人は多いのではないでしょうか。畑に来て土に触れたいと感じている方も増えている気がしていて、うちの農園にもサポーターとしてお手伝いに来てくれています。その中では、特にコミュニティづくりを意識しているわけではありませんが、農園にかかわる人々が何かのきっかけで結びつき、ゆるやかに繋がりができればと思っています。」

もともと環境問題に関心があった冨永さんは、2015年から会社勤めの傍ら農業技術や堆肥づくりを学び始め、徐々に今後の都市農業について自分の中で考えて行くようになったそうです。
相続の問題や、地方に比べて農地が狭く生産性を高めるのが難しいなど、都市農業には様々な課題があります。そういった問題を背景に、都市部で農業を営むのは容易なことではありません。
「自分の家族で代々受け継がれてきた畑で農業を続けていける恵まれた環境にいる。それならば多少のリスクがあっても一歩踏み出してみよう」そう決心し、2019年に専業農家としてTHE HASUNE FARMの農業主となりました。

常にオープンな直売所と畑

「人との距離が近い都市農地の良さを活かし、できるだけ多くの人に気軽に畑にきてもらいたいと思っています。ここでは常にスタッフが畑に併設された直売所に立ち、お客様と会話をしながら農作物を販売するスタイルです。小さなお子さんであれば畑に入り、その場で好きな野菜を収穫していただくこともあるんですよ」

この日の畑は、モロヘイヤ、つるむらさき、大根、甘長とうがらしなど、新鮮な野菜がいきいきと育っていました。江戸東京野菜の一つである「志村みの早生大根」も栽培しています。
たまに外国から来たお客様がいらっしゃる時などは、「自分の国では、この野菜はこう食べるよ」といった会話で盛り上がり、お客様同士の情報交換の場にもなっているそうです。

すくすく育ったこの大根は近所の幼稚園や保育園の収穫体験に使用されるとのこと。楽しそうに大根を抜く子どもたちの姿が想像できますね。

収穫の喜びを体験することの意味

直売所の入口から畑に入り、ゆっくりと野菜を眺めながらスタッフの方と談笑する買い物客の姿もありました。
「お客様のリクエストを聞いて、僕が走って畑に野菜を採りにいくこともあります(笑)」この日も、何度も直売所と畑を往復する冨永さんの姿がありました。 
お客様のためとはいえ、その場で収穫して販売するのは大変な作業に思えますが、「自分でその日に収穫した野菜を持ち帰ってご飯を作ること、それは自分にとっては日常の出来事です。でも消費者の方には特別なことかもしれません。それなら、農家でない皆さんの暮らしの中でも僕と同じように、少しでも畑で出来る体験を楽しんでもらいたいと思っています」と、嬉しそうにお話ししてくださいました。 

堆肥づくりと環境社会への取り組み

「都市農地は畑と宅地との距離が近いのが特徴の一つですが、地方では手に入りやすい家畜の糞などの堆肥が中々入手できないという難しさがあります。ただ、多くの人口が集まる東京では、毎日生ごみが大量に捨てられていて、それを堆肥にできたらどれだけ環境に優しい農業ができるだろうか、と。そんな思いを胸に、レストランや家庭から集めた生ごみで堆肥づくりを始めました。」

農園から歩くこと数分、ファーム直営レストラン「PLANT」の横にある堆肥場に着きました。堆肥とは有機物を微生物によって、高温で発酵・分解・熟成したものですが、ここでは主にレストランや家庭で収集された生ごみを利用した堆肥づくりを実践されています。

堆肥場入口の扉を開けると、中にはなんと鶏の姿が!堆肥が60℃以上の高温になると、その暑さで堆肥の中から虫が這い出てきます。その虫をついばもうとする鶏が、堆肥の周りをうろついているそうです。
「たまたま知り合いから譲りうけた鶏ですが、今では堆肥づくりに一役買っている頼もしい仲間です。雑草も食べるので草刈の手間も省けていますよ。」
この鶏の活躍も、THE HASUNE FARMで作られる野菜のおいしさの秘訣なのかもしれません。

最後に今後の目標を伺いました。
「都市部で大きな堆肥場はなかなか作れませんが、まだまだ生ごみの排出量に対する堆肥の量は足りていません。この取組みをもっと推進して、生ゴミを資源と捉える動きがもっと広がれば良いと思っています。」 
都市農業ならではの利点と難点をうまく融合しながら、都市農業の可能性を求める冨永さん。THE HASUNE FARMの直売所は、私たちの暮らしの中に「農」が存在することの意義を改めて教えてくれました。

株式会社エマリコくにたち

荒木 陽子/ARAKI YOUKO

〒186-0004
東京都国立市中一丁目1番1号
℡ 042-505-7315
http://www.emalico.com/

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東京生まれの“おいしい”に出会う『直売所散歩』

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