東京都では、都市ならではの強みを活かして農業にチャレンジする農業者を支援する「チャレンジ農業支援事業(公益財団法人 東京都農林水産振興財団)」というものがあります。
ブランディングや新規販路の開拓など、事業を一歩前へ進めるためのサポートが受けられる制度です。

この支援を2020年から活用し、約300年続く植木農家の伝統を守りながら、東京でオリーブオイルの生産という新たな挑戦に踏み出したのが、三鷹市・天神山須藤園の須藤金一さんです。
須藤さんにお話を伺いました。

景気に左右される植木専業農家からの転換

「父が現役だったバブル期は、都市の緑化需要で植木がよく売れた時代でした。でも私が就農した2004年にはすでにバブルは崩壊していて…。その後もリーマンショックや東日本大震災があり、植木の需要も右肩下がり。厳しい時期が続いていました。」

そんな中で唯一期待を寄せていたのが、東京オリンピックによる景気回復。しかし、コロナの影響でそれも頓挫。

「植木一本でやっていくのは限界がある、とずっと感じていました。何より、子どもたちに“継ぎたい”と思ってもらえるような、魅力的で稼げる農業にしていかなければならないと考えるようになりました。」

オリーブの木から思いついた新しい挑戦

「観賞用のオリーブはもともと育てていたので、『そういえば国産オリーブオイルってあるな、小豆島が有名だな』と思い出したんです。東京で作れたら面白いかもって。」

ただ、その当時はまだ具体的な行動には移しておらず、アイデア止まりの状態でした。

「一念発起してオリーブオイル作りを始めようと情報を調べていたところ、『日本オリーブオイルソムリエ協会®』を見つけました。そこでは、海外から講師を招き、剪定や搾油など、オリーブオイルに関する基本的な技術を学べるとのことで、『ジュニアオリーブオイルソムリエ®』の資格を取得しました。」

ようやく、オリーブオイルづくりの準備が整いはじめます。

チャレンジ農業支援でブランドづくりをスタート

ちょうどその頃、「チャレンジ農業支援事業」の担当者と出会い、「東京でオリーブオイルを作りたい」と相談したところ、「それは面白い、ぜひやりましょう!」と強く背中を押され、挑戦が本格的に始まりました。
最初に取り組んだのは“ブランディング”です。

「ロゴ、パンフレット、ホームページ、紹介動画などをまとめて手がけられる方と一緒に、須藤園のブランドを作っていきました。オリーブに先行して支援を受けたマーマレードは、デザインを一新し値上げもしたのですが、それでも“このデザインだから”と手に取ってくれるお客様がいて、すごく手応えを感じました。」

子どもたちも「かわいいから」とパンフレットを手に取ってくれるなど、デザインの力を実感することができたとのこと。

「正直、それまでは“農家にホームページなんていらない”と思ってました。でも今は、販路拡大を目指すなら絶対必要ですし、若い世代に農業を魅力的に見せるためにも重要だと考えるようになりました。」

ナビゲータが広げてくれた新たな販路

さらにチャレンジ農業支援の「販路開拓ナビゲータ派遣事業」も活用。ナビゲータがシェフを畑に案内してくれたことをきっかけに、小田急サザンタワーやパレスホテル東京ともつながり、オリーブオイルやオリーブリーフパウダーを卸すようになりました。

「スプーンで提供されるオリーブオイルをアイスにかけて味わう、なんていう使い方もしていただいています。個人農家とホテルのシェフがこうしてつながるのは、ナビゲータがいてくれたおかげです。」

また、“三鷹産のオリーブオイル”の評判から取引先の地域のレストランシェフの紹介で、銀座・和光に自社商品を置いてもらえることに。

「ホームページやパンフレットを見て、“これはいい!”と評価してもらえて、期間限定で販売していただきました。」

搾油はまだまだ試行錯誤の連続

2023年に初めて実を収穫。100kgのオリーブから搾れたのは、わずか4ℓ。その翌年には250kgの実が採れましたが、搾油に失敗してしまい、結果はまたしても4ℓ。

「機械の設定やマニュアルの調整が難しくて…。地方の生産者に相談したら『5年は失敗の連続だよ』って。でも、搾油できるのは年に2〜3回しかない。だから今年は、小豆島まで勉強に行こうと思っています。」

2024年秋に実施した、搾油作業風景

オリーブ搾油施設の前で

未来へつなぐ、都市農業の新しいかたち

300年続く植木農家の伝統を守りつつ、東京でオリーブオイルをつくるという全く新しい挑戦に踏み出した須藤金一さん。
その姿は、都市農業における“稼げる農業”の可能性を示してくれます。

都市というフィールドで、新たな農業の形を模索する。
チャレンジ農業支援と、そこで出会った人々のサポートが、東京の農業の未来を切り拓いています。

一般社団法人MURA理事

山内 翠/MIDORI YAMAUCHI

2000年生まれ。赤坂生まれ育ち。赤坂のまちで生きる人々の意思や美しさを伝えるために、場を開いたり、文章を綴るなどして活動。
2024年より赤坂見附に位置する“東京農村”を運営する、一般社団法人MURA理事に。企画・運営を担当。

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生産者を訪ねて

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