今回ご紹介するのは、東京都西東京市・田無で専業農家を営む田倉寿治さん。

テニスコート30面分に相当する広大な畑で、小松菜やキャベツをはじめとした多品目の野菜を育て、現在では都内40の学校と有名ホテルへの出荷を実現しています。
“東京の農業”に燃えるような情熱を注ぎ続ける田倉さんが、チャレンジ農業支援事業を活用して感じたことや、ご自身が見据える未来について、率直な思いを語ってくれました。

東京の農業を未来に残すために、今できることを 「農業を続ける意味」を問い続ける日々

「東京の農業って、実はすごく危うい状態なんです。」と田倉さんは静かに語ります。

都市部の農業は、土地利用のコストや相続等の問題、周辺住民への配慮など、さまざまな課題に直面しています。また、農地の宅地化が進む中で、やむを得ず農業を続けない、あるいは続けられないという選択をする方も増えてきています。

「うちも数年前に相続があり、畑を手放すという選択肢も当然出てきました。でも、東京に農業がなくなる未来を考えると、それは違うと思ったんです。」

そのとき田倉さんは、保有していた不動産を売却して納税し、畑を守るという決断を下しました。

「正直、そんなことする人は少ないでしょうね。周りからは『なんで?』って言われます。でも、“今日、自分にできる最善の選択”を続けていくしかない。それが未来の農業につながると思っています。」

都立小金井公園に隣接している圃場

「東京産の野菜」を学校給食に届けたい

田倉農園は約40年前から、地元の学校給食に野菜を納めてきました。
現在はその輪が広がり、都内23区すべてに向けて野菜を届ける取り組みを進めています。

「自分の代になって、畑のない地域にも東京産野菜を届けたいと思ったんです。ダイレクトメールを2,000通くらい送りましたよ。その中から今、60校とつながっています。」

とはいえ、学校給食の現場は常に変化しています。栄養士が代わり取引が急に終了することもあれば、価格競争が起こり、継続が難しくなることもあるそうです。

「今、実際に動いてるのは40校ほど。でも、その40校へ安定的に野菜を供給するために、365日何かしらの野菜を出せる体制を整えているんです。農家の多くが畑を休ませている冬でも、うちは90%稼働しています。」

その理由は、「一度でも出荷が途切れると、信頼が落ちてしまうから。」とのこと。

小さな積み重ねの中で、確かな信頼関係を築いてきた田倉さんの矜持がそこにはあります。

収穫間際のコマツナと、次の野菜の定植に向けて圃場に堆肥を入れ土づくり作業が並行して行われる。

販路開拓ナビゲータとの連携で新たな取引先を開拓

安定した供給体制が実を結び、田倉農園の野菜は都内の有名ホテルにも採用されるようになりました。

「きっかけはコロナ禍でした。給食もホテルも発注が止まりかけてしまいました。でもそんな中で“現場のキッチン”から『田倉さんの野菜を使いたい』って声をもらったんです。」

有名ホテルの料理長には海外出身の方もいるので、チャレンジ農業支援事業のサポートを活用し、英語版のパンフレットやホームページを整備しました。

「本来、ホテルって農家と直接取引したくないんですよ。手間が増えるし、リスクもあるから。でも、ちゃんと供給できる体制が整ってることが信頼につながりました。」

さらにホテルへの営業は、販路開拓ナビゲータの紹介で実現。最初の商談では、料理長をはじめ、9名もの関係者が出席し、次々と質問が飛んできたといいます。

「ホテル側からは、『こんなに答えられる農家、初めてです』って言われました。ナビゲータの方が“この農家なら”と信じて紹介してくれたので、その期待に応えるのは当然だと思ってます。」

(写真上)日本語版パンフレットの一部 (写真下)英語版パンフレットの一部

支援制度の本来の意義とは?活用する側が意識すべきこと。

チャレンジ農業支援事業は、必要なタイミングで、必要な人が活用するための制度です。

「助成金って、税金から出ているものですよね。だからこそ、“何に使うか”が大事。たとえば、オリジナルグッズを作るとか、凝ったホームページを作るとか、それ自体は悪いことじゃない。でも、それがどれだけの費用対効果が得られているかは、しっかり考える必要があると思うんです。」

田倉さんは、自らが制度を活用した経験をもとに、「無理に使う必要はない。」と冷静に語ります。

「“活用の仕方がわからない”って声も聞きます。でも、それなら申請しない、という選択肢があってもいいんじゃないかなと思います。本当に必要な人に届いてこそ、この支援の意味があると思うんです。」

“東京で農業をする”という挑戦

田倉さんの話から見えてくるのは、「都市で農業を続けること」の難しさと、それに真正面から向き合う覚悟です。

都市農業には、相続、地価、販路など多くの壁があります。
それでも、「東京に農業がある」ということ自体に価値があると、田倉さんは信じています。

「一歩ずつです。でも、いろんな人の手を借りながら、道は拓けてきました。だからこそ、制度も人も信頼しながら、前に進んでいきたいんです。」

“東京の農業を未来につなげる”という強い思い。
田倉さんの姿からは、東京農業の現場にある確かな希望と、支援制度の本当の意義が見えてきます。

一般社団法人MURA理事

山内 翠/MIDORI YAMAUCHI

2000年生まれ。赤坂生まれ育ち。赤坂のまちで生きる人々の意思や美しさを伝えるために、場を開いたり、文章を綴るなどして活動。
2024年より赤坂見附に位置する“東京農村”を運営する、一般社団法人MURA理事に。企画・運営を担当。

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生産者を訪ねて

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