東京に「みどり」を届ける植木生産者は、約500軒

みなさん、こんにちはー!東京・世田谷の農園で野菜を作るアナウンサー「ベジアナ」の小谷あゆみです。今月は植木のおはなし。

植木生産も農業だってご存知でしたか?
山から木を切り出すのは林業ですが、生きた植木を畑(農地)で生産するのは農業!農家の仕事なんですね。そんな植木生産者が、東京都内にはなんと約500軒もいるそうです(JA東京植木のHPより)。

街路樹や公園の植え込み、大きな施設の植栽。まちを見渡せば人の生活に溶け込んで癒しをもたらしてくれる植木の存在に気がつくはずです。
コロナ禍ではおうち時間も長くなり、ホッと安らぐグリーンのある暮らしが見直され、植木が注目を集めています。
そんな東京の植木生産者、三鷹市で300年以上続く天神山須藤園の14代目!須藤金一さんを訪ねました。

東京の「みどり」を育てる植木生産農家 「天神山須藤園」

小谷:広くて、整然としたきれいな農園ですね~。
まずは、須藤さんの経歴を教えてください。

須藤:就農したのは2004年、26歳の時です。当時の三和銀行(現、三菱UFJ銀行)に務めて4年でしたが、父親がJA東京むさしの常勤役員になることになり家業の人手が足りないため、戻ってこいと言われまして。
銀行に勤めたのは、やはりお金を通していろんな世界が見られるんですよね。法人営業で中小企業を担当していたので、新木場の材木卸の社長さんに話を聞いたり。木材は厳しい状況でしたが、そういう中で家業を継ぐという覚悟とかを勉強させてもらいました。

小谷:いろんな農業がある中で、なぜ植木生産農家に?

須藤:うちは300年以上続く農家で、祖父の代までは、人を雇って養蚕や、麦や野菜を栽培していたんですが、戦後、高度経済成長とともに建設ラッシュになると人手が集まらず、雇用が難しくなってきました。
同時に、建物が建つので「公共用緑化樹木」(公園緑地、道路や公共施設の緑化に用いられる樹木)の需要が高まってきたんです。植木なら回転も遅く、人手もかからないので、うちのような規模の農家経営に向いているということになり、1960年代から徐々に植木生産に移行しました。このあたり、多摩地域の農家さんが園芸にシフトし始めてきた頃ですね。
その後、経営を引き継いだ父の代はバブル経済の頃で、忙しくて忙しくてしょうがなかったですね。植木の注文の電話が毎日鳴って。トラックのライトを頼りに夜まで植木を掘っていたのを小学生の頃から見て育ってきました。

植木生産者は、耐えるのが仕事。

小谷:植木の生産とは、どのようなお仕事なのですか?

須藤:うちではほとんどの樹種を、挿し木といって自前で苗木を増やすところから始めます。一方、シラカシやアラカシの木は、地面に落ちるドングリから実生で育てるものもあります。3か月ぐらいするとまず根っこが生えてきます。この白根が木の成長に大事で、白根が伸びるのを促すために、植木は出荷までの間、数回の移植を繰り返します。
「根回し」という言葉がありますが、植木の業界用語から来ているんですよ。

小谷:種や挿し木から始めて、商品の植木になるまで何年かかりますか?

須藤:樹種にもよりますが、出荷はだいたい3年目以降です。お客さんによっては10年のものを求める人もいます。時間的なスパンはほかの農業とは違いますね。流行ると思って育てているうちに、もう遅かったってことにもなりかねません。樹種は30~40種類をつくっています。景気の浮き沈みに連動している業界なので、耐えるのが仕事だと思っています。
そういったリスク解消のために、私は植木の副産物として果実の加工品生産を始めることにしたんです。

果実の加工品販売にチャレンジ

小谷:植木の生産者が果樹の加工ですか⁉︎ それはおもしろい取り組みですね。

須藤:植木を生産していると、樹種によっては果実が生ります。特にかんきつ類は果実がたくさん取れますが、うちでは使い道がないので以前は大量に廃棄していました。
しかし、それではもったいないと考え、須藤園の畑になる夏みかん、はっさく、本ゆずのジャムやマーマレードを生産して、庭先販売やオンラインストアなどで販売しています。

東京で初めてのオリーブオイル加工にチャレンジ

小谷:須藤園の数ある植木の中でも、オリーブの木が人気だそうですね!

須藤:観賞用としてのオリーブは15年ぐらい前から栽培していて、需要も伸びているんですよね。個人宅のシンボルツリーとしても喜ばれます。ネット通販で買うとこれぐらいの(2.5mぐらい、4年目)の木が10万円くらいすることもあるんですが、うちではJA東京むさしの直売所である「三鷹緑化センター」にも卸していまして、そこだと2万円台くらいです。地域の人に喜んでもらいたいので、すごくお得ですよ。
さらに、オリーブオイルの生産販売に向けて準備を進めています。

小谷:オリーブオイルの加工ですか!たしかに健康志向で人気ですが、植木農家からどんどん飛び出しますねー!

須藤:健康志向でオリーブオイルを使う人は増えていて、国産需要は間違いなくありますが、まだ東京には生産者はいません。これはやりがいあるなと、東京都農林水産振興財団のチャレンジ農業支援事業で販路開拓の支援も受けています。
コロナ禍で私自身も考える時間が出来たので、今後に役立てるためオリーブオイルソムリエ(ジュニア)の資格も取りました。

小谷:オリーブの植木と食用のオリーブオイルになる木は同じですか?

須藤:植木(観賞用)としては300本以上ありますので、栽培のノウハウは元々ありました。昨年、オリーブオイルの搾油専用品種として、味がバツグンのアルベッキーナというスペイン産の品種をメインに110本の苗を植えました。来年には実をつける予定で、いま搾油の加工所を建設するなど準備を進めています。
まだ葉っぱしかないので調べていたら、オリーブリーフって、実よりもすごい抗酸化作用があるんですね。それで、まずはパウダーから売り出そうと、加工業者さんと製品化に入ったところです。

「畑は、ショーウィンドウ!」というのが父からの教え。造園業者が買い付けにやって来るためで、植木が整然と並んだ農園は常に美しさを保つ。

JA青壮年部で東京農業を伝える活動に力を入れるワケ

小谷:学校や地域活動を積極的に受け入れたり、農業を伝える活動をしているのは、どういう考えからですか?

須藤:平成27年に都市農業振興基本法ができるまでは、長い間、東京の大部分を占める市街化区域に農地は要らないというのが国の方針でした。農業を続けたい自分たち生産者との長い闘いの歴史があったんですね。これを変えるには世論を味方につけるしかないと。畑の作業も大事だけど、それ以上に消費者に向けた活動をしないといけないっていうのが、父親の代から言われてJA青壮年部の仲間たちとやってきたことです。

東京の街に農があることが豊かさと安心を作る

小谷:須藤さん自身が考える、東京で農業を続ける意義とは?

須藤:東京って、世界でも名立たる大都市ですが、そこに農があることが東京のまちづくりにおいて大きな価値を生むと思っています。街の多様性の一つとして農があることが魅力につながると。
こう考えるようになったのは、2019年、練馬区で「世界都市農業サミット」があったんですよね。
その時、海外の人たちが東京の農業はすばらしいって驚いてたんですよ。世界の大都市では、都市から離れた外側に農地があるのが当たり前なんですが、東京は農地がまちなかに点在して、さらにそこにプロの農家がいる、これはすごいことだと。
逆にいま、NYやロンドンはわざわざ税金で、コミュニティ農園を作って、コミュニティを作ったり、食料生産や食育の場にしてるというのを聞いたんです。
これからの時代はまちづくりだと。都市のまちづくりの中で、農業が価値を生むと。そうなれば、自分達も存在意義を持って、経済として成り立たせて、後継者に引き渡していけます。行政にもそうした位置づけを認識してもらいたいと思っています。

ベジアナの取材後記

農園の広さ、植木の育つ時間軸、何もかもスケール壮大。
なんと須藤園の出荷した植木は皇居にも植えられているそうで、人間よりも長生きする樹木を育てること、東京で農業を続けることに誇りとプライドを持っていることが伝わってきました。美しく整った農園は清々しく、話を聞いている間じゅう鳥のさえずりが聞こえていました。
植木は、脱炭素時代の今、光合成によってCO2を固定化できる点で再評価され、また、生態系や自然現象を活用して気候変動や自然災害を減災する「グリーンインフラ」としての価値も見出されています。
まちに潤いを与え、心に安らぎをもたらし、人々の暮らしに欠かせない「みどり」。
東京に豊かな「みどり」を届けてくれる植木生産農家さん、ありがとうございます!と表彰したくなりました。

野菜を作るアナウンサー「ベジアナ」

小谷 あゆみ/KOTANI AYUMI

世田谷の農業体験農園で野菜をつくるアナウンサー「ベジアナ」としてつくる喜び、農の多様な価値を発信。生産と消費のフェアな関係をめざして取材・講演活動
介護番組司会17年の経験から、老いを前向きな熟練ととらえ、農を軸に誰もが自分らしさを発揮できる「1億農ライフ」を提唱
農林水産省/世界農業遺産等専門家会議委員ほか
JA世田谷目黒 畑の力菜園部長
日本農業新聞ほかコラム連載中
NHKEテレ「認知症 ワンポイント介護」出演中

天神山須藤園

所在地
181-0004 三鷹市新川2-5-33
WEBサイト
https://sudoen.jp/

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ベジアナが行く!「東京×カラフル×農業」

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