小谷:こんにちは。横山さんの畑は住宅街にあり、何棟ものビニールハウスもあります。300年続く農家だそうですが、横山さんは何代目ですか?
横山辰也さん:私で13代目です。現在は、両親と妻との4人で営んでいます。昭和30年頃までこのあたりは水田で、うちもお米を作っていました。今は、ワケネギを周年出荷して、11月から3月あたりまでがツマモノ生産です。
小谷:ツマモノとは具体的にどんな野菜ですか?
横山:足立区で栽培されているのは、穂じそ、紫芽(ムラメ・紫色のシソの芽)、鮎タデなど、お刺身に添える彩りになる小さな芽と、芽かぶ(11月~3月で終了)という小指ほどの小さなカブに10cmほどの葉が付いたもので、主に料亭などで椀物として使われます。
小さいけれどキラリと光る『都市農業ならではの彩り野菜から庭先販売まで』
みなさん、こんにちはー!東京・世田谷の農園で野菜を作るアナウンサー「ベジアナ」小谷あゆみです。
今回ご紹介するのは、足立区のツマモノ農家。
ツマモノって何かご存知ですか?「刺身のツマ」と言われる通り、お刺身などに添えられている飾り野菜の総称で、漢字では「妻物」と書きます。
大正末期に始まったという「足立のツマモノ」農業。
今回は、ツマモノ栽培を手掛け、2020年に庭先販売を始めた横山農園さんを訪ねました。
スケッチブックを使用し、紙芝居風に「足立区の農業」を説明する、横山さん。
小谷:ミニミニ野菜、かわいいですね。ツマモノ栽培には、高度な栽培技術が必要だということですが、どういう背景があるのでしょうか?
横山: 小さい分だけ扱いが繊細で、ムラメの場合は、ピンセットで木箱に詰めて築地に運んでいたそうです。今は豊洲に変わりましたが、市場までの距離が近かったことや、狭い面積で高い収益を上げることから、ここ足立区で発展したようです。
それと、足立区では、ワケネギ栽培の歴史も古く、今はうち1軒だけになったなったのですが、一年を通して作って、豊洲市場に出荷しています。
小谷:狭い面積で作ることができて、小さいゆえの美しさ、繊細さに価値がある。都市農業らしさを生かした足立農業ブランドですね。豊洲市場へはどのように出荷しているのですか?
横山: 小さな箱でかさばらないので、近所の生産者3軒分を集めて交替で運んでいます。夜8時に出て豊洲まで車で往復2時間ですね。宴会シーズンの年末年始が一番高値で取引されます。
小谷:ちなみにどのくらいのお値段でしょうか?
横山:この小さな芽かぶを8本そろえて一把にし、それが10束入って1箱です。ピークは5,000円になるときもありますが、最需要期は年末年始のわずかな期間で、ほかは10分の1近くの値になるときもあります。
小谷:変動が激しいですね。
横山:はい。ツマモノって季節感を出すものですから、和食で「旬」として喜ばれる時期が限られているんですね。旬に合わせて出す量を調整して、作付けを決める必要があります。
小谷:コロナ渦を機に、庭先販売を始めたそうですね。横山農園さんの庭先販売について教えてください。
横山:はい。まず、2017年に地元のJA東京スマイルが「あだち菜の郷」という直売所をオープンさせたんですよね。それまではほとんど市場出荷でしたが、直売所に向けて、作付け品目を変えました。
さらに、JAでは移動販売車で販売も始めていたのですが、コロナ禍で移動販売ができなくなってしまったんです。
小谷: 遠出ができないコロナ禍で、地元の野菜も買えないと、ご近所さんも困りますね。
横山: はい。まさに近所のみなさんの要望もあって、うちの庭先で初めて販売を始めたんです。それまでは、きれいなものを作って市場出荷するのが農家の仕事というところがありましたが、コロナ禍で市場の流通も停滞し、目の前に買いたい人がいるんだから、とにかくやってみようと。1回目は、2020年5月30日、土曜の午前にスタートしました。1週間前に畑に看板を出して、Facebookでも当日に告知をしました。すると、枝豆とトウモロコシ、用意したものがすぐに売り切れました。
小谷:時代が求めていたんですね。顔の見える庭先販売は、市場出荷とはだいぶ違うと思いますが、どんな工夫をされていますか?
横山:試行錯誤しながらですが、やはり「朝どり」の味や鮮度を目玉にしようと。トウモロコシはハウスで作れば、早い時期に出せるので、1月末に種まきして5月半ばに出せるように。よそに出回っていない時期なら1本300円でも買ってもらえます。枝豆も市場向けより束ねる作業を簡略化して、当日の「朝どり」を出すと、30分ぐらいで売り切れます。
小谷: 庭先販売を始めて、ご家族の反応や変化はありますか?
横山: 顔なじみのお客さんが来て楽しそうににぎわうのは、両親も歓迎して手伝ってくれています。あと、妻がポップが得意だったことがわかってすごく助かっています。
畑に看板を設置したり、インスタグラムやLINEで横山農園公式のアカウントを作って、成長の様子やおススメなどの情報をアップしています。今、150人が登録してくれています。
小谷:奥さまの得意分野が発揮できたのも嬉しいことですね。
これから、どんな農業を目指しますか?
横山: せっかく消費者と生産者の距離が近いのだから、もっとやりとりする場があっていいと思うようになりました。話を聞くと、いま、親世代の人たちでも土を触ったことがないという人が多いんですよね。
物を売るだけではなく、「食育」にも力を入れたいと、収穫体験を始めました。つながりが薄れている時代だからこそ、ゆるやかに地域コミュニティの場をつくっていきたい。
また、イベントが減って行き先がなくて困っていたキッチンカーとのコラボも始めました。すると、業者さんが、うちの枝豆やニンジンでクラムチャウダーを作ってくれて、自然と商品開発をしてくれています。
夏場は野菜も豊富なので庭先販売に力を入れて、冬場はツマモノやワケネギなどこれまでの伝統を守りながら、都市農業の理解者を増やしていきたいです。
ベジアナの取材後記
横山辰也さんは、300年続く横山家の13代目。おばあちゃん子で、家を継ぐのは自分の役目だと東京農工大学へ進み、就農したそうです。
コロナ禍や社会情勢の変化で、生産現場にも改革が求められる時代にツマモノ栽培農業という足立区の伝統を受け継ぐ一方で、庭先販売にも取り組み始めました。
料亭で重宝される「ツマモノ」は、世界に誇る日本の和食、食文化を支えているのですから、東京農業の誇り!付加価値のあるブランド農業という、いわば山の頂上です。
それに加えて、庭先販売で、地域住民と直接会話して、食の大切さ、楽しさを伝えることは、農業への理解者・サポーターを増やして山のすそ野を広げる仕事です。誇り高くとんがった頂上も大事、懐広くしっかりとした基盤のすそ野も大事。小さな東京農業の生き残り策は、実は、どんな業界にも通じる戦略に思えました。
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野菜を作るアナウンサー「ベジアナ」
小谷 あゆみ/KOTANI AYUMI
世田谷の農業体験農園で野菜をつくるアナウンサー「ベジアナ」としてつくる喜び、農の多様な価値を発信。生産と消費のフェアな関係をめざして取材・講演活動
介護番組司会17年の経験から、老いを前向きな熟練ととらえ、農を軸に誰もが自分らしさを発揮できる「1億農ライフ」を提唱
農林水産省/世界農業遺産等専門家会議委員ほか
JA世田谷目黒 畑の力菜園部長
日本農業新聞ほかコラム連載中
横山農園
- 所在地
- 〒121-0836 東京都足立区入谷4丁目2−7
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