小谷: 東京にこんな広大でのどかな田園地帯があったのですね。ここが「多摩開墾」ですか。
荒幡: はい。武蔵村山市へようこそ。ここは東京で唯一、鉄道が通っていない市なんですよ。
小谷: おおー。鉄道もない、電線もない、それでこんなに空が広いとは!逆に貴重ですね!
荒幡: 向こうに見えるのは横田基地ですが、戦前までは陸軍の「多摩飛行場」だったんですね。その周辺を開墾したので、「多摩開墾」と呼ばれるようになりました。武蔵村山市内に56ヘクタールの土地が広がっています。市街化調整区域といって、開発されずに農地のまま残ったエリアで、自然豊かで農業がしやすいところなんですよ。
みなさん、こんにちはー!東京・世田谷の農園で野菜を作るアナウンサー「ベジアナ」小谷あゆみです。
今回は、多摩地域の北部、狭山丘陵をはさんだ埼玉県境に位置する武蔵村山市を訪ねてきました。
横田基地に隣接して、農地が広がる「多摩開墾」は、東京にこんな開けた空があったのか~と目を見張る田園地帯。それもそのはず、ここには電柱も電線もないのです。東京でいちばん広~い⁉空の下で野菜を生産する「あらはたやさい学校」の荒幡善政さんに話を伺いました。
小谷:荒幡さんの家は、戦後にここへ入植して農家3代目だそうですね。
荒幡: うちは曽祖父の代まで今の所沢だったのですが、狭山湖を作るときに離村することになり、わずかな土地で収入を得るために、祖父の代で養鶏を、両親の代では養豚を始めて、頭数も農地も増やしていきました。そんな環境で育ったので当然ながら農家を継ぐつもりで、東京都立瑞穂農芸高校の畜産科に進みました。
小谷: 一家で村を離れ、新しい土地で一から農業を始めるとは、大変な苦労をされたんですね。
荒幡: うちではミニヒストリーって呼んでるんですよ。その後わたし自身は、当時、多摩市にあった農林水産省の農業者大学校に進んで畜産を学んでいたのですが、父の代で養豚を廃業することになったんですよ。
小谷: 畜産農家になるつもりが・・・!?荒幡さん自身も、大転換を迫られたんですね。
荒幡: さて、どうしようかと考えあぐねていた頃に出始めたのが、「有機栽培」です。大先輩に有機農業の先駆者で、小川町で霜里農場を営む金子美登さんがいたんです。
それと、後からわかったことですが、自分は薬剤に過敏に反応する体質だったので、無農薬でやることにしました。
両親は祖父母の介護もあり、農作業は1人だったので、品目をしぼって小松菜を選びました。
小谷: 武蔵村山市は小松菜の生産が盛んなのだそうですね。
荒幡: 市内に「小松菜研究会」という農家グループがあります。また、学校給食出荷組合「農友会新鮮組」を結成し、学校給食にも地元産の小松菜を年間使用量の9割ほど提供しています。
小谷: 無農薬、有機栽培は、今でこそ注目されていますが、どうやって販路を開拓したのですか?
荒幡: 有機という栽培方法を理解してくれるところを探していたところ、たまたまうちの畑の近くを借りていた人が、生活クラブ生協の組合員だったんです。その紹介で、1997年あたりから付き合いが始まりました。購入してくれるだけでなく、亡き父が倒れたときや、大雪でハウスが倒壊したときも手伝ってくれて、今でも毎週6,7人がボランティアに来てくれています。これは本当に感謝しています。
小谷: まさに、顔の見える関係、心の通い合う生産者と消費者の「有機的な結び付き」ですね。
荒幡: 特にそのことを考えさせられたのは、今回のコロナ禍です。高齢の方が来られなくなった一方で、仕事が休業になった人が来てくれるようになりました。いま、一緒にやってる安彦も、コロナ禍で飲食店を解雇されたと聞いて、正式に雇用することになりました。今では、本当に助かっています。
小谷:ところで、「あらはたやさい学校」って、どういう学校なんですか?
荒幡: これはあくまで屋号なんです。主役の生徒は、野菜たちです。種まきは入学、出荷は卒業と呼んで、野菜を生徒に見たてて発信しています。わたしが校長で、母が理事長、妹と安彦は先生です。さらに昨年4月から息子が新任の先生として加わってくれました。
小谷: 息子さんが後継者!それは嬉しいですね。
荒幡: ありがたいですね。人数が増えたことで、「アグリハブ」というアプリを使って、作業や売り上げの情報を共有できるようにしています。全員がアクセスできるので売り上げの増減にも、よかった、よし、がんばろうと、みんなの一体感も生まれてきました。
小谷: あらはたやさい学校“先生”の一員になった安彦祥子さん、農業との出会いを教えてください。
安彦: わたしはもともと子育てNPOでスタッフをしていたのですが、 その地産地消イベントで農家さんと交流したことがきっかけです。
荒幡さんの畑で子どもと農業体験したり、援農をするうちに、農業の楽しさと課題を知り、2017年に応募して、武蔵村山市初の女性の農業委員になりました。わたし自身そうだったように、生産を身近に感じれば、農業に対する理解や食品ロスにもつながると、農業まつりで農家と市民の交流イベントをして、食の大切さを伝えています。
野菜のラベルやポップをみんなで考えたり、工夫することが楽しく、自分の意見が採用されるとやる気にもつながり、天職を見つけたと思っています。
小谷: 天職ですか⁉コロナ禍で大変なことは多いけれど、いい出会いでしたね。
※インド料理に欠かせないハーブのメティ(英:フェネグリーク)を手にする安彦祥子さん
小谷:こちらの「むれやまだし野菜」というのは、どういうものですか?
荒幡: このあたりは、「村山かてうどん」といって江戸時代から、うどん文化が根付いていた地域です。
ダシ殻を肥料に使うと野菜の旨みがアップするという記事を読んだことがあり、地元のうどん屋さんとそば屋さんから出たダシ殻と、昭島のクラフトビール工房から出た麦芽かすを使って、発酵肥料を作っています。
その肥料で栽培した野菜は、またうどん屋さんで使ってもらったり、地域循環型の、サスティナブルな農業ですね。
ダシ殻も麦芽かすも、今までは有料で処分していたそうなので喜んでもらえています。
東京都のエコ農産物の認証はとっていますが、「むれやまだし野菜」という地域資源循環型農業をアピールポイントにしています。
もともと狭山丘陵は、群がった山々を「群れ山」と呼んでいたのが、なまって、今の「むらやま」になったそうです。いにしえの技と先人に敬意を払い、魚と麦が円を描き循環している「むれやま」をロゴマークにしました。
※江戸時代から武蔵村山周辺で食べられてきた「村山かてうどん」。
茶色がかったコシのしっかりしたうどん。あらはたやさい学校産の小松菜。満月うどんにて。
小谷: 最後に、あらはたやさい学校のこれからの抱負を教えてください。
荒幡: 地域循環型で、周りの人たちが笑顔になれる農業を続けたい。今は、小松菜だけでなく年間50品目の野菜を栽培して、市内限定の宅配もやっています。
また、障害者の働く場として「農福連携」も進めているところです。農業体験や、中学生の職場体験など、教育的な活動も増やしたいです。
嬉しいニュースとしては、2名の新規就農者が多摩開墾で農業を始めました。一生懸命取り組むフレッシュな姿を見て、こちらも刺激を受けています。
多摩開墾の景観は、農家一軒一軒の努力によって保たれてきました。あらはたやさい学校もその一員として、野菜づくりを通して、この風景を守っていきたいです。
【ベジアナの取材後記】
荒幡さん一家は、狭山湖造成のため昭和9年に村を離れ、最初は立川へ移転したそうです。
しかし、立川飛行場の近くだったため、一家はまた移転を迫られ、戦前にようやく、今の武蔵村山に落ち着き、先祖が大変な思いをして広げていったのが、この多摩開墾の畑なのでした。この地で農業を続けるには、並々ならぬ思いがあったのですね。
また、あらはたやさい学校では、単に農産物を生産して出荷する場であるだけでなく、様々な市民(消費者)が畑にやって来て、手伝ったり、体験して関わる場となっています。
「有機」、「無農薬」というと、ブランド化して高く売るイメージを持たれがちですが、本来、「有機農業」とは、単なる「商品」の売り買いではなく、人と人との友好的つながり(有機的な人間関係)、生産者と消費者の「提携」が基本にあると、日本有機農業研究会では定義づけています。
先人への敬意、周囲への感謝と利活用。みんなの思いがつながって生まれる“あらはたやさい学校”の野菜たち。これを口にすれば食べた私たちも笑顔の循環の一員になれそうです。
▼「あらはたやさい学校」Facebookページ
https://www.facebook.com/arahatayasaigakkou
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野菜を作るアナウンサー「ベジアナ」
小谷 あゆみ/KOTANI AYUMI
世田谷の農業体験農園で野菜をつくるアナウンサー「ベジアナ」としてつくる喜び、農の多様な価値を発信。生産と消費のフェアな関係をめざして取材・講演活動
介護番組司会17年の経験から、老いを前向きな熟練ととらえ、農を軸に誰もが自分らしさを発揮できる「1億農ライフ」を提唱
農林水産省/世界農業遺産等専門家会議委員ほか
JA世田谷目黒 畑の力菜園部長
日本農業新聞ほかコラム連載中
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