東京を\もっと/魅力的にする農家たち

東京の農業者による本気の「循環型農業」についての勉強会、「みどり戦略TOKYO農業サロン」。
第2回目は気鋭の「コンポストアドバイザー」として各種メディアでも引っ張りだこの鴨志田農園(東京都三鷹市)を訪ねました。

家庭の生ごみコンポストその行先は?

 『SDGs』というキーワードの定着もあって、家庭で出る生ごみを堆肥化する「生ごみコンポスト」についての記事やコメントを見る機会が随分と増えました。
生ごみは一般的に水分量が80%ほどととても多く、焼却炉に入れると燃焼効率が悪くなってしまいます。一方、乾燥、分解するなどして土に入れれば野菜作りの資材となるということで、生ごみの堆肥化はまさにマイナスをプラスに転じる術といえます。
ライフスタイル雑誌などでも「おしゃれな」生ごみコンポスト商品をランキングで紹介するなど、環境意識の高い層にとって、いままで燃えるごみとして出していた生ごみをよりよい形で資源として土に還元していくことは常識となりつつあるのかもしれません。
 しかし、実際にトライしてみると悪臭や虫の発生などのトラブルで長続きしない例も多々あります。また、せっかく堆肥化したとしても家庭菜園などの場がなければ還元する先を見つけるのも一苦労です。
これまでも日野市の「せせらぎ農園」のように市と連携して200軒ほどの家庭からの生ごみを畑に還元してできた野菜を分配するようなコミュニティ農園の取り組み、あるいは三鷹市の冨澤ファームのように生ごみコンポストメーカーと連携して、都心で回収する仕組みを作るなどの例がありますがまだまだ希少と言えるでしょう。
 そんななか、最近注目度が急上昇している鴨志田さんは堆肥づくりを通じたコミュニティを作っていくことで、まちなかの農地の価値をより大きくしていこうと活躍の場を広げています。
第2回目の勉強会ではその取り組みの実際について伺うことにしました。

※ 「堆肥づくり講座」は、鴨志田農園の事業の柱となっている。

 鴨志田さんは三鷹市で代々続く農家の長男。都内の高校で数学教師をしていましたが、父の他界により、農家を継ぐこととなります。
しかし、相続もあって農地は減ってしまい、実際に残された農地は2,800㎡(約850坪)ほど。専業で農業に取り組むにしては厳しい面積です。そこで、鴨志田さんは自家製の堆肥のみを使い、無農薬で栽培、根強いファンづくりと産直ECの仕組みを使うことによって農業経営を軌道に乗せます。
さらには『コンポストアドバイザー』として全国を飛び回り、自治体や各種団体と地域資源を使った堆肥づくりにとりくみ、廃棄されていたものを資源としてとらえなおす「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」の先駆者として活躍するようになりました。
今では1,000㎡あたりの売上が300万円とかなりの高収益モデルとなっています。

 土づくりの考え方の基礎となっているのは農林水産省認定の農業の匠、橋本力男さんの完熟堆肥を使った農法です。
就農当初、鴨志田さんは数学教師と農業の兼業をしながら橋本力男さんから直接の指導を受けるために三重県に何度も通ってそのノウハウを身につけました。
基本的な考え方としては農場の半径20㎞圏内で手に入る未利用資源を組み合わせて野菜の栽培に必用な栄養素を確実に農場に入れるという方法。
鴨志田農園では落ち葉、もみ殻、米ぬか、赤土を基本材料としています。鴨志田さんがユニークなのは自分でそれを実践することにとどまらず、自身も身につけながらそれを教える「堆肥講座」を就農して間もない段階で始めたことです。
もともと教育現場にいて教えることが好きだった鴨志田さんは、「農業×教育」とすることで都市農業ならではの強みを発揮できるのではないかと考えました。
その取り組みは国境を越え、ネパールに赴いて堆肥技術を定着させる事業にまで参画するようになります。

食味にこだわり、産直ECで反収300万を実現!

 今回見せてもらった堆肥は大きく3種類。
いずれもCNBM分類といって、「C=炭素 ・N=チッソ ・B=微生物 ・M=ミネラル」のバランスを整える考え方に基づいています。
例えば野菜作りの基本となる栄養素を供給する「土ぼかし」という堆肥づくりにおいては、「もみ殻2、鶏糞1,米ぬか3,落ち葉1,赤土6」という比率で原料をブレンドし、水分を50%に、発酵熱も60℃以上で2~3か月間毎週切り返しながら水分を調整します。
発酵がこれ以上進まなくなった段階で、水を止めて乾燥させます。必要な材料をブレンドし、水分が適正な量に保たれるようにするのがポイント。
すでに積んである堆肥の山からサンプルを取り出して、その水分量を見極め、必要な水分を足しながら切り返していく作業を、今回の参加メンバーで実際にやってみました。

※ 今回も、東京各地から若手農業者たちが参加した。

その他にも鴨志田農園では、落ち葉を使った育苗培土用の堆肥、各家庭で生ごみを1次処理したものを回収して2次発酵させる生ごみ堆肥。これらを育苗や基本の土づくり、追肥など目的に分けて使用して、市販の資材は使わずに生産しています。
こうした系統だった土づくりをすることで誰でも実践しやすく、伝えやすくしているというのも鴨志田農園の特徴と言えるでしょう。

 堆肥づくりに力をいれることで、「食味の向上も確実にできる」と鴨志田さんがいいます。
堆肥が完熟しているかどうかを見極めるのは、実は簡単。
完熟堆肥を瓶の中にいれて水を浸し、1週間ほどおいて匂いを嗅いでみてもほんのり土の香りがする程度です。
一方、未熟な堆肥は腐敗臭がします。

 鴨志田農園の農業収入のほとんどを占める産直ECは、購入者のリピート率によって売上が大きく左右される、なかなかにシビアな販売方法。
送料も含めると決して安くはない野菜セットを、年間通して40品目ほど栽培して構成し、毎月200~400件の売り先を確保し続けているということは、品質においても高い評価を得ている証拠です。
農産物によって施肥の量や種類をコントロールして、食味の向上を図っていくことは、直販型の農業にとって、まさに売り上げに直結する営農努力と言えます。

※ カラーピーマンを生食。食味のよさに、農家たちも驚きを隠せない。

鴨志田農園が目指す『サーキュラーエコノミー型CSA』とは?

 就農して10年に満たない短期間で、小面積での高収益モデルを確立しつつある鴨志田農園ですが、それだけでは減少をつづける都市農地は残していけないと考えています。
鴨志田農園は完全に住宅街に囲まれていて、近くを通りかかってもそこに農地があるとは思えない立地にあります。
そうした場所でも農業が残っていくことの意義を、より多くの人に伝えたいと考えています。その具体的な取り組みが家庭からの生ごみの回収と野菜作りの循環です。
循環型経済のサーキュラーエコノミーにCSA(コミュニティ サポーティッド アグリカルチャー=地域支援型農業)を併せて、都市農地を地域資源循環の拠点にしていこうというものです。

※ 家庭用生ごみ処理ボックス。採光、通気性を保って腐敗を防ぐ仕組み。

 鴨志田農園では、家庭で出る生ごみを腐らせずに乾燥させられる「生ごみ処理機」を、参加者とともに制作しています。
75Lの道具箱を改造して、太陽光が中に届きつつ通気性も確保した上で、もみ殻と赤土を基本とした「床材」をいれて各家庭に持ち帰ってもらいます。
およそ2か月分の家庭生ごみを一次処理し、その後定期的な作業日に持ち寄ってもらい、完熟生ごみ堆肥とすることで、「土づくりや野菜づくりに関わってもらう」というコミュニティ活動です。
実際にやってみると慣れるまでは思いのほか難しいもので、課題はまだあるものの、長い目で見れば消費者と生産者という関係を超えて、都市農地を活かしたより良い地域づくりにつながる取り組みと言えるでしょう。

 住宅に囲まれた小さな農地という厳しい条件ながら、独自の方法で成果を出している鴨志田農園での勉強会は、参加した農家たちにとって刺激的なものとなりました。

㈱農天気 代表取締役  NPO法人くにたち農園の会 理事長

小野 淳/ONO ATUSHI

1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演 
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)

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『みどり戦略 TOKYO農業サロン』

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