東京をもっと面白くする農家たちの勉強会「みどり戦略TOKYO農業サロン」
 今回は、三鷹市北野地区で代々続く農家でありながら、積極的に多種多様な人々を農園で受入れている冨澤剛さんの冨澤ファームです。
冨澤さんのご先祖は、江戸初期に調布あたりから入植してきたといいます。近くに「北野水無」という地名のバス停が残っているほどに、川もなく瘦せた土地であったこの地に落ち葉や家畜糞、人糞などを長年投入し続けることで豊かな土地を作ってきました。
今でも地域資源を集めて、その土づくりは続いています。

畑をひらく「オープンキャンパス」

冨澤ファームには年間延べ1,000人ほどが援農や農体験に訪れます。
かねてより学校給食用の野菜の出荷や飲食店との連携、短期大学での食関係の講座を持つなど、広く多様な業種との連携を積極的に行ってきた冨澤さんですが、2021年からさらにはっきりとコミュニティとしての活動を打ち出しました。

 

園主の冨澤剛さん

「農業関係のブランディングをサポートしている専門家に相談しました。両親も高齢化していきますし、道路開発で農地も大幅に減ってしまうということもあってより持続的に農業を続けていくための新しいアイデアが必要だと感じたんです。」(冨澤さん)

 新しくロゴマークをつくりホームページを作成、あえて野菜の販売を打ち出すのではなく、まちなかの農業に興味をもって参加してもらえるような内容に振り切りました。
「毎月第4土曜日に『畑のオープンキャンパス』を開催することにしました。体験でもあり援農でもあり、とにかく食や農に興味のある人であればだれでも参加できる会です。お手伝いというよりは同志が欲しかったので一緒に農作業をすることで仲間がどんどん増えていきました。」(冨澤さん)
 毎月開催して人が集まるのか不安もあったといいますが、開催してみれば毎回20~30名が集まり大盛況。畑の片付けや植え付けなどまとまった作業を一緒にやることで、生産性も大いに上がったとのことです。

「畑のオープンキャンパス」に参加のみなさん

武蔵野台地の黒ボク土を現代風に育てる

 冒頭で触れたように、JR中央線沿線など現在は栄えている武蔵野台地ですが、かつては水はけが良すぎるために乾燥し農業に向かない土地でした。江戸時代になって人口が爆発的に増え、食料の大増産を図るために新田開発がすすめられます。玉川上水をはじめとした農業用水が整備され、コナラやクヌギなど成長が早く落ち葉がたくさんでる雑木林をそだて、家畜を飼いながら暮らし、排泄物含めて有機物を農地に入れていくことで徐々に肥沃な農地に変える営みは400年ほど続けられてきました。
 冨澤ファームの黒土をユンボで掘ると60~80㎝ほどで赤土が出てきます。表層の黒土の部分は「黒ボク土」といって火山灰と有機物が分解されてできた腐植がブレンドされた土です。先祖代々、積み重ねてきた土づくりの賜物といえるでしょう。

かつて落ち葉を集めるために使っていた、大きな「背負いかご」。

ユンボで掘り起こすと、60~80㎝ほどで黒土から赤土に変わる。

 今では住宅地が広がる三鷹市では、落ち葉を集めるのは簡単ではありません。冨澤さんは近隣の国際基督教大学の協力を得て落ち葉を大型トラックで回収して土づくりに活用しています。他にも東京農工大学の馬術部の馬糞など近隣の有機物を集めては堆肥化して、今も黒ボク土を育て続けているのです。

 こうした“土づくり”は輸入資源などに頼らず、持続的に農業を続けていくうえでは重要な取り組みである一方、手間も時間もかかるために現代においては生産性が高いとはいえません。
しかし、冨澤ファームでは『畑のオープンキャンパス』など多くの人の力を借りることで「手間のかかることに皆で取り組むことでかえって楽しく、学びも深く」させることに成功しています。
 

 最近は、都心の飲食店や消費者の生ごみを手軽に堆肥化できる製品の事業者とも組んで、さらに堆肥づくりのコミュニティを広げています。月に一度、港区赤坂にある飲食店を拠点にコンポスト事業者と生ごみ堆肥回収イベントを野菜の販売と同時に開催、集められた堆肥は畑に持ち帰って再利用されます。
江戸時代、野菜を街に売りに行った農家が帰りに人糞を持って帰ってきて土づくりをしたという“循環のストーリー”を現代に置き換えたような取り組みが始まっているのです。

集められた生ごみは、畑で再発酵させる。

東京都GAPで「良き農業経営」をつなぐ

 より多くの人に支持され、持続性の高い農業を行うことを目指したときに「東京都GAP」の認証を獲得したことも大きかったといいます。
「代々続く農家は、今までのやり方をあまり深く考えずに続ける傾向にあります。もちろん良い部分もたくさんあるのですが、自分の代で農業経営もより社会に沿ったものに進化させる必要があると考えました。」(冨澤さん)
GAPとはGood Agricultural Practiceの略で世界的に採用されている考え方です。直訳すると「良き農業の実践」となり、農業経営を総合的に改善し続けることが求められます。
・食品の安全
・環境の保全
・労働の安全
などの項目にわけて、それぞれの現状の課題と改善について計画を立て実践していきます。
「書類作成などそれなりに大変なのですが、自分の農業経営をチェックシートに沿って点検していくことで足りていない面に気づかされます。それを具体的にどう改善していくのか言語化しないといけないので、確実に経営改善を図ることができます。」(冨澤さん)
▼東京都GAP
 https://tokyogrown.jp/learning/agriculture/gap/

 いままで“土づくり”も感覚でやってきた部分が多かったといいますが、施肥量を記録し土壌分析も毎年行うようになりました。土壌の栄養素の過不足が見えることで施肥の精度が上がり、農薬削減についてもソルゴー(※1)という緑肥作物(※2)をナス畑の周囲に作るなど具体的な作業に落とし込んでいくことができました。

※1 ソルゴーは、緑肥+防風としても有効で、ナスの天敵となるアブラムシなどの害虫に対して、益虫を呼び寄せる防虫効果もあるといわれている。
※2 緑肥は、有機物補給による土壌の団粒化や根伸長による下層土の硬度・透水性の改善等により、土づくりに役立つ。また、根粒による窒素固定や溶脱養分の吸収による養分の蓄積、有機物補給による有用生物の活性化は、いずれも減肥に役立つ。さらに、有害生物の制御や土壌侵食の防止などにも効果が期待できる。(出典:農林水産省 https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kihyo03/gityo/new_tech_cultivar/2021/2021seika-25.html

ナスの横に壁のように植えられたソルゴー、害虫の発生を抑えるなど緑肥として効果がある。

「三鷹はまだまだ開発も進んでいて、農業を残していくのも簡単なことではありません。でも、私は農家の跡取りとしてご先祖さまから農地を預かっているという感覚があります。預かっているものですから、次につなげられるようにするのが私の役割だと思っています。」(冨澤さん)

 現代のニーズに合わせて農業の形は変化しながらも、食を支える資源としての農地を守り、よりよい状態でつないでいく取り組みが今も続けられています。

▼冨澤ファーム
 https://tomizawa-farm.tokyo/

㈱農天気 代表取締役  NPO法人くにたち農園の会 理事長

小野 淳/ONO ATUSHI

1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演 
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)

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『みどり戦略 TOKYO農業サロン』

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