東京をもっと魅力的に、持続可能性を高めるための農家たちの勉強会『みどり戦略TOKYO農業サロン』
今回は、農家にとってなくてはならない「タネ」について、あきる野市にある種苗店「野村植産」を訪ねました。
まちなかの本屋さんが少なくなってきたように、ネット通販で気軽に種苗を買える時代に「まちのタネ屋さん」を続けていくのは容易ではありません。
しかし、野村植産は新しい企画に次々と挑戦しつづける「タネ屋さんの進化系」ともいえる存在です。

タネをより深く知るために、新規就農した

 野村植産は、もともと農業資材の販売やビニールハウスの設置などを手掛けてきた先代が1988年に設立しました。先代の娘の幸子さんと夫の辰也さんで事業を引き継ぎ、2018年には辰也さんが代表に就任しています。
 「音楽や飲食の仕事をしているなかで、妻の実家のタネ屋で働かないかという話をいただきました。種はもちろん、野菜のことも農業のこともよくわからないままこの世界に入ったんです。最初は右も左もわからず、もちろん農家からの質問には答えられず… 苦労しました(笑)」(辰也さん)

農家には欠かせない存在だった「まちのタネ屋さん」

野村さんオススメの“味が良い品種”。手前は、小分け販売用の計量器。

 種苗店の仕事は、その名のとおり、主に生産者から発注を受けて種や苗を販売する仕事です。必要とされる種の知識は膨大で、例えば小松菜のように年間を通して栽培する品目の場合、季節や特徴によって生産者も使い分けており、100~200の品種が販売されていることもあります。
さらに毎年、それぞれの種苗メーカーから新商品が発売されるものもあり、野菜品種全体を把握できる人はいないほど、無数の品種が存在します。

 「お得意様の生産者の場合、あらかじめ品種を指定して何リットルという単位で注文が入ることが多いです。ただ、家庭菜園用に味の良さや見た目のユニークさを目的に買いに来る方も増えており、生産者からの要望に応えた品種を紹介するなど、常に勉強して提案できるようにすることも大事です。そう考えると、やはり自分で育ててみないとわからない部分が大きいんです。」(辰也さん)

 野村植産は2021年に、株式会社として新規就農しました。
種苗メーカーから、新品種の試験栽培を依頼される機会が多いことや、後段でご紹介するとおり、野村植産では「変わり種」を多く扱う関係上、栽培技術そのものを磨いて普及に努めたいという想いもありました。
当初は小面積で取り組んでいましたが、生産物の流通先との交渉やマルシェへの参加などをとおして普及に努めていたところ、だんだんと出荷の依頼が舞い込むようになり、生産にも本格的に参入、いまでは7,000㎡ほどを管理するまでになりました。

 「生産をやってみると、意外に自分に向いているなって思いまして。土づくりについても、取引先で飲食店をやっているブルワリー(ビール醸造所)から麦芽カスをいただいて“堆肥化”するなど、段々と凝り始めています。種と野菜をとおして、『おいしい』『たのしい』『うれしい』を社会に貢献する。というのが野村植産のモットーです」(辰也さん)

「変わり種」をブランディングして広げる

 野村植産の事業は、種苗や農業資材の販売、農業生産だけではなく、マルシェなど直売イベントの企画運営、そして「東京西洋野菜研究会」の事務局など実に幅広く展開しています。
そういった事業展開の推進力となっているのが妻、幸子さんです。

「イタリア野菜が少しずつ注目されて、種の種類も充実してきた2018年に、『東京西洋野菜研究会』を立ち上げました。普及のための品種紹介だけではなく、料理の写真やレシピなどを載せた、読み応えある冊子を作りました。そういうのを作るのが大好きだというのもあるんですが(笑)」

 幸子さんは、美術大学卒業後にグラフィックデザインの仕事についていたこともあり、野村植産の暖簾や販促物、パンフレットなどを、すべて自前で制作しています。東京西洋野菜研究会の紹介冊子は、飲食店をはじめ、納品先への格好な“販促ツール”となっており、新規の仕事依頼につながる“営業ツール”にもなっています。

品種の特徴や料理人によるレシピも満載の「東京西洋野菜研究会パンフレット」

 そして2021年からは、マルシェを毎週開催することで、さらにそのアピール度を加速していきます。

 「毎週火曜日、立川で『GREEN GROWN MARCHE!』※ を開催しています。私たち西洋野菜研究会の旬の野菜を直売するだけではなく、多摩地域の様々な加工品を作っている作り手さんたちにも多く参加いただいています。そこに、私たちの音楽好きなところも生かしてミュージシャンに来てもらったり、楽しい場づくりも心掛けています。」(幸子さん)

 西洋野菜は見た目も華やかなものが多くあり、消費者からすると、どのように扱っていいのかがピンとこなくて、なかなか手が出ないことの多い食材です。
品種も栽培も流通も知っている「タネ屋さん」が直売して、レシピとともに伝えることで、ファン層は確実に広がっています。
その中でも特に目を引くのが、まるでタコの足のような奇妙な形をした野菜「タルティーボ」です。

※GREEN GROWN MARCHE!(グリーングロウンマルシェ!)
開催日:毎週火曜日
開催時間:12:00-16:00 ※雨天中止。
開催場所:東京都立川市緑町3番1 GREEN SPRINGS 2F

湧き水を使って育てる稀少野菜「タルティーボ」

 一行が向かったのは、「タルティーボ」の土耕畑。
「タルティーボ」は「チコリ」の仲間で、大まかにはレタスと同じキク科の野菜です。イタリアではメジャーな高級野菜ですが、日本ではなかなか手に入れることはできません。野村さんは、なんとかこの「タルティーボ」を育てられないかと、3年ほど前から試行錯誤を始めました。

見た目も味も特徴的な、高級イタリア野菜「タルティーボ」。

 「7月に種をまいて、8月に畑に植え付けます。そこから12月~1月にかけて大きくなったものを引き抜いて、今度は湧き水を使った水耕栽培に移行します。ものすごく手間がかかるんです。」(辰也さん)

 土耕栽培で大きくなったタルティーボは、湧き水が豊富にある水耕場に移され、そこで日光を遮断されたなかで軟白栽培されます。
出荷のときに外葉と根を落とすと、まるでタコのように葉が軟白して湾曲した姿が現れます。冬場に凍って傷まないように、温度の安定した井戸水や湧き水がないとうまく育たないこともあり、国内でのタルティーボ栽培はとても限られています。
 水揚げしたばかりのタルティーボをかじってみると、肉厚でシャキッとした独特の食感とほのかな苦みが相まって、何とも言えない上品な風味です。ちょっとお皿に添えてあるだけで、見た目も食味も圧倒的に存在感があります。

最初は土耕で大きく育てる

湧き水を使った水耕栽培。日光を遮断して、軟白化させる。

外葉を取り除くと、タコの足のような姿が現れる。

 「収益性というよりは、やはり『面白いからやっている』というのが大きいですね。マルシェでもこれがあると、目を引いて、話題作りにもなって、他の野菜にも手が伸びるということもあります。西洋野菜といえば、「ビーツ」と「ケール」がやはり手堅い需要があるので、なるべく年間をとおして出荷できるようにしながら、旬のこうした“変わり種”を入れ込んでいきたいですね。」(辰也さん)

 生産と販売の実績ができれば、本業のタネ販売にも自信をもって取り組める。これからは、さらに育苗についても本格的に取り組んでいく予定です。

 「夏の猛暑などもあって、品種選び、水やり、栽培のタイミングなどから、良質の苗の確保がなかなか難しくなってきています。そして変わり種の苗は、やはり自前で育てるしかない。苗を安定的に生産できるように、新しい施設も準備中です。」(辰也さん)

 インターネットで、簡単に種も苗も手に入る時代。ホームセンターなどにも押されて、「まちのタネ屋さん」はどんどんと少なくなっています。
しかし、これからの種苗店の在り方として、“生産から販売”、あるいは“見せ方”、“調理方法”まで気軽に相談に乗ってくれるタネ屋さんが身近にいれば、生産者も家庭菜園ユーザーも心強いでしょう。
今や存在自体が珍しくなりつつある種苗店が進化して、さらに価値を生み出していくヒントが野村植産にはふんだんにあります。

㈱農天 代表取締役  NPO法人くにたち農園の会 理事長

小野 淳/ONO ATUSHI

1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演 
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)

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