東京をもっと面白くする農業者たちの勉強会「みどり戦略TOKYO農業サロン」
 今回は街にひらかれた「八雲のはたけ」を運営する、宇津山裕和(うつやまひろかず)さんを訪ねました。
 東京23区のうち11区には農地がまだ残されています。代表的なところでは練馬区や世田谷区が挙げられますが、他にも葛飾区、江戸川区、足立区、板橋区、中野区、大田区、杉並区、目黒区、北区と歴史ある農家が農業を営んでいます。
目黒区は、そのなかでも特に都市的な地域といえるでしょう。

自由が丘駅から徒歩15分、都会のオアシスのような空間

 集合場所は東急自由が丘駅、そこから歩いて15分ほどの場所に今回の目的地、「八雲のはたけ」はあります。八雲(やくも)とは、この地域に奈良時代から続く氷川神社が祭るスサノオノミコトが詠んだ和歌にちなんだ地名です。
駅からはいわゆる「高級住宅街」がつらなり、この街に農業が残されているなど想像もつきませんが、やがて林のように木々が生い茂った場所が見えてきました。住宅が広がる以前から植木農家であった畑には、今も多種多様の植木が育っています。

自由が丘の住宅街の先にあらわれる植木畑

「曾祖父の代から植木を始めたと聞いています。庭石も扱っていたので、大きな石も結構敷地内に残っています。自分は最初、不動産管理をするうえで植木の剪定などを自分でやろうと練習していったところ、結構はまってしまって(笑)。いまでは出張しての剪定だけでなく、造園を請け負ったり、イルミネーションを飾るような高所作業もやっています。」(宇津山さん)
 植木生産は育つのに何年もかかるうえ、いつどのようなタイミングで出荷できるのか見通しがつけにくい農業です。大きく育ってしまうと運搬や移植も大仕事となります。すでに植えられている敷地内の植木を一度抜いて麻布で根巻きをして植えなおすことで、移植しやすい状態に保つ作業も地道に続けています。

根巻きをして植えなおすことで、移植しやすい状態に保つ宇津山裕和さん。

「祖父の時代などは、このあたりに住宅がどんどんできていって、その都度、植木の需要が生まれたので随分と忙しくやりがいもあったようです。これからはむしろ人口が減って、植木も余る時代となるので、環境と時代の変化を見据え、自分の代で方向転換しなければと考えました。」(宇津山さん)

街なか農地だからこそ発揮できるコミュニティとしての価値

 宇津山さんが考えたのが、体験農園として区画を割って利用者を募集するという方法でした。野菜作りの経験もなかったので、農業大学校に通いながら、自分自身でも体験農園を横浜に借りてノウハウを学びます。そして2019年、体験農園を多数展開している企業と組んで「八雲のはたけ」を開園します。
「1区画、月額にすると22,000円なので、決して安くはないのですが、コロナの影響もあって在宅ワークの方々などの利用希望も多く、12区画を用意しましたがキャンセル待ちの状態になりました。都心で暮らす方々にとって、こういう空間で過ごす時間は貴重なのだなと実感しました。」(宇津山さん)

 さらに、植木がある空間的な特徴をいかして、マルシェなどのイベントも企画していきます。出店者を募り、野菜の販売のほかにもピザづくりや、植木を活かしたリースづくりワークショップなど、街なかの農地であることの強みを活かして、誰もが参加しやすいイベントを毎月開催しています。

都心から消えゆく農地が持つ価値とは?

 こどもの頃によく遊んだ畑を街なかに残していきたいという宇津山さんですが、まとまった農地を目黒区のような土地需要のある場所で残していくのは容易ではありません。
現在、目黒区の販売農家はわずか5軒、総面積は約17,000㎡、そのうちの5,000㎡ほどが、この「八雲のはたけ」がある栗山家の畑です。

庭先販売も人気、小学校の給食やイモ堀り体験なども受け入れている。

「実は、私自身は横浜のマンション生まれで、ここは母の実家、栗山家の農地です。いまは母が地権者となっていて、私の会社が母から農地を借りて『八雲のはたけ』を運営しています。母と私の姓がちがうのは、母が実家である栗山の家を農地とともに継いでいるためです。」宇津山さん)

 2015年に都市農業振興基本法ができるまで、都心部の農地は長いこと「いずれ住宅開発されるべき土地」とみなされてきました。
「都市にも農地は存在すべきもの」と都市農業振興基本法では定義しなおされましたが、都市農地の減少に歯止めがかかっているとは言えません。
代々継いできた農地を宅地とした場合の資産価値を評価すると、10億円を超える農家も珍しくありません。その約50%ほどにあたる相続税を支払うためには、農地の大部分を売却せねばならず、多くの農地が消え、農家件数も減っているのが現状です。

この地で続いてきた農業、農地を街に役立つ形で残したいと語る。

 宇津山さんの両親は、代々続いた栗山家の農地を残せるよう工夫を凝らし、栗山家を母が継ぎ、宇津山家を裕和さんが継いでそれぞれで農地を運用するという道を選びました。
「土地の資産としての価格と、そこで体験農園や植木をやって稼げる価格のギャップを考えると、やはり悩ましいです。私自身も、不動産管理の仕事を併せてすることで生計は成り立っています。ただ、最近は都市農地の重要性がいろんなところで語られるようになり、実際にイベントなどを通して地域の方々とのつながりも生まれました。目黒でも地域に根付いたコミュニティが生まれる拠点として、やはり農地をしっかりと守っていきたいと思います。」(宇津山さん)

 人口が都市に集中する一方で、夏の猛暑や突然の豪雨など「都市の持続性」に不安を感じる機会も増えてきたように思います。
ニューヨークやロンドンといった世界的大都市では、ビルの屋上や空地をつかったコミュニティ農園に注目が集まっています。同じく世界都市である東京の都心部にはいまだに歴史ある農地が残され、伝統的な農家が農業を続けているということは、東京ならではの大きな都市の資産であるといえるでしょう。
これまで農地は個人の資産として、農家自身がリスクを負って工夫を凝らさなければ残すことすらままならない状態が続いてきました。「八雲のはたけ」のように街にひらかれた農地を、都市の共有資源、コモンズとして守っていける仕組みをつくれないものかと改めて思います。

施設情報

「八雲のはたけ」 毎月開催されているイベントやマルシェの情報はこちらでご覧いただけます
https://green.www2.jp/yakumo_hatake/

㈱農天気 代表取締役  NPO法人くにたち農園の会 理事長

小野 淳/ONO ATUSHI

1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演 
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)

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『みどり戦略 TOKYO農業サロン』

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