東京をもっと面白くする農家たちの勉強会「みどり戦略TOKYO農業サロン」。
今回は東久留米市を拠点に、有機農業を通して様々な資源が循環するモデルを実現しようとしている「奈良山園」を紹介します。
駅前書店のマルシェ、加工品、収穫体験など幅広く事業を展開しながら、後継者である野崎林太郎さん(38歳)を中心に代々続いてきた農業を次世代につなぐ方法を模索しています。

野菜ソムリエがいる書店マルシェ

 西武池袋線東久留米駅前の書店「野崎書林」には、朝早くから農家の軽トラやバンが横付けされ、野菜が納入されます。
ここで販売されるのは奈良山園の農産物だけでなく、知り合いの農家10軒ほどの野菜のほか、お菓子、手作り小物などもあります。

写真左:奈良山園 野崎林太郎さん 写真中・右:東久留米駅南口にある野崎書林

 「ただでさえ書店は経営が厳しいのに、コロナ禍で危機的な状況になりました。書店は父が力をいれていた事業で、一時は18軒まで広がりましたが、今は東久留米市内に2軒残すのみです。私は農業に軸足をおいているので、駅前での販売スペースの確保と同時に、書店まで足を運んでいただけるきっかけになればと2020年にマルシェを始めました。」(野崎さん)

書店の一角に常設されている直売コーナー、棚や箱は野崎さんの自作。

 定番の旬の野菜のほかにも、奈良山園が生産する西洋野菜など、消費者になじみの薄い野菜もありますが、書店スタッフに野菜ソムリエの資格を持つ方がおり、調理方法のアドバイスなどもできるようになっています。
商品は買い取り方式ではなく、生産者それぞれが持ち込んで売り上げの一部を書店に納める委託販売方式です。
納品だけではなく、売れなかった場合の引き取りなども生産者が行う必要がありますが、野菜について知見のあるスタッフがいることで安定的に取引ができているといいます。

 「書店のレジのシステムをそのまま使っているので、売り場に人が常駐する必要もありません。マルシェを始めて集客の効果もありますが、スタッフや仕組みを相乗効果的に生かすことができると感じます。」(野崎さん)
駅前の書店マルシェは、地元農業をアピールする場にもなっており、生産者と消費者がつながるきっかけを生み出しているようです。

薪生産から果樹園、そして有機農業にシフトした「奈良山園」

 東久留米市は湧き水が多いことで知られていますが、同時に雑木林が広大に広がる樹林地でもありました。
野崎さんの家も、雑木林の中にあって「奈良山」という屋号で薪を生産販売するのが本業だったといいます。
 「曾祖父の代まで薪を生産していましたが、祖父の代になると需要はなくなり、木を育てていた繋がりで果樹農家にシフトしたようです。今でもブルーベリーを中心に梅や柿が奈良山園の農地面積の多くを占めています。祖父の代だった30年ぐらい前から摘み取り園としてやってきたので、収穫期には多くの方がやってきて完売できています。」

薪の生産が本業だったため樹林が敷地内に多く残されている。

 もともと体験がメインのため、荷姿をそろえて出荷するような営農ではなかったこともあり、農薬や化学肥料を使わずに野菜を育てる道へは自然と移行できたといいます。
 現在は、露地の畑において多品目栽培をおこない、珍しい品種にも挑戦しています。売り先は直売所と学校給食、一部飲食店に卸しており、個人への宅配は行っていません。

西洋サラダ野菜のラディッキオなど珍しい品種にも毎年挑戦している。

 「有機で育てやすい品目を探りながらいろいろ試しています。有機でやっているのは化学農薬、化学肥料に抵抗があるということではなく、なるべく地域循環で完結するようにやっていきたいというのが大きいです。樹木からの落ち葉が大量にありますし、コイン精米機をやっているので精米で出る米ぬかもお客さんが置いていってくれます。」

 堆肥づくりの成分調整はおおまかに、通常であれば廃棄される有機物や野菜残渣などを堆肥として活用していくことを優先させており、山積みにしたところをトラクターで何度か耕すなどして発酵を促進させています。
また養蜂も手掛けていますが、こちらもブルーベリーはじめ果樹の授粉を助ける役割もあります。都市における果樹栽培では自然に授粉してくれる昆虫などが足りないため、養蜂とセットにすることで授粉を促進し、副産物としてハチミツを得るというやり方も合理的な循環の構築と言えます。

ブルーベリー園、ハチ箱、蜜を採る一次加工所も隣接し、体験価値を高めている。

農地をさらに広げ、持続力のある地域循環を作る

 ゼロからの新規就農と野崎さんのような後継ぎ就農の大きな違いは、先代が築いてきた営農をどのように受け継いで、現在のニーズに合わせて変化させていくのかという点でしょう。
野崎さんの場合、先代が書店経営に力点をおいていたこともあり、株式会社など複数の事業体がすでに立ち上がっており、従業員も60名ほどいるなかで、どのように農業を中心とした組織へと再構築させていくのかが一番の課題でもありました。
 「書店経営は厳しいのですが、本そのものは教育・文化を通して豊かな社会をつくるという上では欠かせないものだと思います。本を読んですぐお腹がいっぱいになることはないけど、5年10年したら必ず何かしら生きてくる。そういう将来につながる取り組みを農業でも実現させていきたいという思いがあります。」

畑を中心とした「奈良山園」の地域循環モデル図(©奈良山園)

 書店と農業だけではなく、先代がすでに立ち上げていた農産加工事業「東京ジャム」も再起動させました。

「東京ジャム」のブランドで様々なジャムも製造販売している。

 駅前とは別の住宅団地に囲まれた書店の横に、シェアスペースや作業場も兼ねた加工所を運営しています。
ここでは自ら生産した農産物だけではなく、近隣の農家を中心に小さい単位でも加工して商品化するなど、やはり地域とのつながりを生み出す仕組みをつくっています。

大型団地の目の前にある加工所兼シェアスペースの「みどりや」

 研修生を受け入れるなど人材育成にも力をいれ、農地も拡大してきました。現在では東久留米市だけではなく、清瀬市、小平市、埼玉県の所沢市など半径6km圏内ほどに15カ所4ヘクタールの農地を管理しています。

 「農地が点在していると生産性が悪いようでもあるのですが、地域内で農地の数が増えると、どこかで人と畑と技術がうまく合わさって商品含めた価値を生み出せる実感があります。農業を任せられる人材の課題はありながらも、まだ果樹を含めて農地を広げていく方向で考えています。」
 東京は農地が減り続けている一方で、高齢化、担い手不足により農地が活用されないという課題は全国と共通するところです。奈良山園のように農地を引き受けられる担い手が増えていけば、維持される農地も増えていくことが期待されます。

 「生産効率だけ考えたら品目を絞って、少人数で利益率を上げることが正解なのはわかっています。しかし、雇用も人材育成もしながら広げていかないと結局次世代につながる取り組みにはならないだろうと。大変ではありますが、ビジョンを持ってやらないと面白くないですからね。(笑)」
 地域を担い、次世代にバトンを渡す覚悟をきめて農業に取り組む。代々つづく農家だからこそ視座を高く持って社会課題に挑戦することの価値を奈良山園は体現しているようです。

※ 取材後の2024年11月22日に、日本の公共空間活用における新たな可能性を発見するアワードプログラム「NEXT PUBLIC AWARD 2024」(主催:公共R不動産)にて、書店マルシェなどの内装や、まちへの展開性、農業と本屋のユニークなつなぎ方が評価され「グランプリ」に表彰されました。

㈱農天気 代表取締役  NPO法人くにたち農園の会 前理事長

小野 淳/ONO ATUSHI

1974年生まれ。神奈川県横須賀市出身。TV番組ディレクターとして環境問題番組「素敵な宇宙船地球号」などを制作。30歳で農業に転職、農業生産法人にて有機JAS農業や流通、貸農園の運営などに携わったのち2014年(株)農天気設立。
東京国立市のコミュニティ農園「くにたち はたけんぼ」「子育て古民家つちのこや」「ゲストハウスここたまや」などを拠点に忍者体験・畑婚活・食農観光など幅広い農サービスを提供。
2020年にはNPO法人として認定こども園「国立富士見台団地 風の子」を開設。
NHK「菜園ライフ」監修・実演 
著書に「都市農業必携ガイド」(農文協)「新・いまこそ農業」「東京農業クリエイターズ」「食と農のプチ起業」(イカロス出版)

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『みどり戦略 TOKYO農業サロン』

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