江戸時代に現在の東久留米市柳窪の奥住又右衛門が、旅先から持ち帰った小麦を育てたところ、良質の小麦粉がとれ、それでうどんをこねると、香りがたかいおいしいうどんができたという伝承が残っています。その後、第二次大戦前まで東京各地や神奈川県など近隣県でも栽培されました。また、麦の草丈が長いのが特徴で、麦藁は農家の「わら屋根」にも利用され重宝されました。しかし、戦時中の食糧増産のなかで、収量が少ないこと、倒れやすいことなどから作付けがなくなり、「幻の小麦」と言われるようになりました。
昭和の終わりに、四代目にあたる奥住和夫氏が農水省生物資源研究所のジーンバンクに保存されていたタネを譲り受けて栽培が復活しました。現在、改めて品種が見直され、多くはありませんが市場に出荷されるようになりました。
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